心と身体のよりどころ

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2007年 10月 05日 ( 1 )

自分が変わる

己が変れば、、、

bebecatさんの「己が変われば」 の記事に関連して、自分の体験から、自分が変われば回りも変わるお話です。

私のOL生活は、人間関係のつまづきの連続だったといえるかもしれない。
どこの職場でも、同僚や上司とのからみで悩み、苦しんでいた気がします。
できれば争いごとにならずに、穏便に過ごしたいと思ってしまうけど、相手の言動に納得いかずに悩んでしまう。

仕事そのものよりも、人間関係で戸惑う事が多くて、
「人付き合いが苦手なのかも。」と真面目に悩んだ時期もありました。

家族の問題となると、かなり辛辣な状況になってきます。
「家族なんだから、わかって。」 という甘えもでてくるし、
とにかく帰っていくところが同じ家ですから、否が応でも顔を合わせなければならない。

父が他界したときに、母と仲たがいになった時期がありました。
母娘のバトルは陰湿なものになってしまいます。
まだ若かった私は、「世界で自分が一番不幸者。」という態度を押し付けてくる母を、暖かく受け止めることができなかった。

こういった人と人との小競り合いは、波長のズレが原因です。
同じ波長であれば、同調してうまくいく。
極端に波長が違えば、相手にならずにすれ違うだけ。
でも、触れ合える波長を持っているのに、ちょっとズレてしまっていると、その歪みに苦しんでしまいます。

相手の波長を自分の波長に強引にあわせることは、ほぼ不可能です。
マイナスへ傾いている自分の波長をプラス方向へ転じ、その波長に相手が感応してくれるまで待つしかありません。

自分が相手を変える のではなくて、 
自分が変われば相手も変わる のです。

まず、自分が変わってしまうこと。
それが一番の近道です。

日陰でうなだれてしまったお花を元気にしようと思っても、なかなか難しい。
お水をあげても、肥料をあげても、思うように元気になってくれない。
でも、お日様に当ててあげれば、日の光に向ってすくすくと育ってくれます。

自分の思いを一気に180度転換させるのは、難しいですね。
何も頼るものがなくて、いきなり自分の思いを180度転換できるほど、人間は強いものではありません。

気持ちが光の方向へむくように、ほんのちょっと自分自身で努力する必要はあります。
そのための宗教の教えであり、そのための体操法でなくてはなりません。

自分がつまづいたときに、光の方向へ導いてくれる教えでなければ、正しい宗教ではありません。
身体も心もプラスの方向へ転じることができる体操でなければ、正しい運動ではありません。

自分が前向きになれる教えに導いてくれる宗教家と出会い、
正しい運動を導いてくれるトレーナーと出会い、
彼らの影響を受けながら、自分が自分で変わっていく。

ということだと思います。

人生、生まれてから死ぬまで順風満帆なんてことはありえません。
必ずどこかでつまづくことがあります。
そんな時に、ちょっと曇ってしまった自分の光を、もう一度輝きださせる方法が、日々の体操であり、宗教の教えであるべきなんですね。
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by idun-2006 | 2007-10-05 11:54 | 心と身体のストレッチ

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