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心と身体のよりどころ

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Yちゃんの成長日記 8.12

今日は…スクール!
今日の内容は…難しいとかという気持ちではない。だから、「わかる」「わからない」とかでもない。
一番適している表現だと・・・ぽわ~んとした空気みたいな感じがする。
自律神経系の内容が出てくると気分的に楽。それは、ちゃんとどこに目を向ければいいかわかりやすいから。
でも、宗教的な部分・宇宙・地球などの内容になると、どこに定めていいのかわからない。それは、何にもわからないというか、前ほどの拒絶とかなくても、自分をどこに置いていいかわからなくなる。けど、今はそれを拒否したりしない。だけど、自分がどこか離れている感覚がある。机に向かい椅子に座っている自分はノートを取ろうとするけれど、すぐ、真横でその自分を眺めて考えている自分がいる。その自分が考えれば考え出すほど身動きできなくなる。パンクするとその自分は一瞬消える。だけれど、その自分はまた迷いの考える世界に勝手に入っていく。その自分は、自分でもわからないけれど、何かに必死になっている。机に向かっている自分は小さな抵抗ばかりを繰り返す。ある意味、遠くから眺めて考えて何かと結び付けようとして何か考える中心となるものを探そうと必死になっている自分との葛藤がある。だから、頭の中で無数にいろんな方向に向かっている筋(線)が飛び散っている感覚。それもどこに向かって筋(線)が進んでいるのかバラバラ。今日のノートは、おそらくまとまらない。というよりも、ノートがない。自分で書きながら何を書きたいのかがわからなかった。これは今始まったことではない。けれど、それがどういうことなのか実はちょっとだけ見えてきている部分がある。
講義中、自分の中で講義の中で何かが結びつくことがある。そうすると、講義の内容から一人脱線が始まって気づくと何もかもが流れてる。当たり前だけれど、この時ほど焦ることはない。本線に戻そうとするけれど、何か閃いてしまうと見に行きたくなってしまう。
最近のトレーニングがとっても迷いの中に突っ込んでいっているというのはわかる。トレーナーさんの指導を受けている時は、迷わずにできる。だけれど、終った後に「今日のトレーニングはどんなことが秘められている?」って考える。スクールを始めてから、トレーナーさんの先には先先がいる先生の先には…想像つかない何かがある。でも、トレーナーさんと先生の間に自然があって、先生と想像つかない何かの間に自然があるってこんなことを考えていた。だから、自分がやっているトレーニングは自分が思いつく範疇を声に越えた中でプログラムが組まれている。ということははっきりしていた。だから、途中トレーニングが怖いと思うこともあった。今までバランス・ストレス・宇宙・地球・重力・エネルギー・自律神経とかを授業の中でやってきて、少しずつ自分のトレーニングにも生活にも取入れをするようにして、嬉しい反面パンクとの戦い。だから、迷う。恐怖感というのは、自分がわからない想像がつかにことばかりだから、恐怖を感じる。予測のつかない世界だと思うから。
トレーナーさんの空間と先生の空間、多分、この空間が自分にとって、2つの要素を持ち合わせるからいろいろな感情がでてくるきがする。

今日ちょっとしたことが見えた。今まで勉強にしても何にしても疑問ばかりだった。例えば、何かの公式が出てきたときに、「なんで?」っていつも思ってた。「何で?」に対して「公式だから」という返答。でも、全く自分にはわからない。仕方なく、覚えるしかないと自分に言い聞かせる。でも、解けない。「なぜ?」と思っているから。自分が納得できるように全てをバラして納得したものでないと、結局、答えがでてこなかった。その代わり、自分で導き出したものは忘れることもないみたい。暗記ということを今まで殆どやってきていない。暗記が大嫌い。でも、何となく今日それが何なのか見えちゃったきがする。高校のときは暗記授業がなかった。それと、楽だった。義務教育の期間は、とっても苦痛な毎日だった。おそらく、勉強以外にも「どうして?」「なんで?」という連続だった。でも、それを答えてくれた人はいなかったし、むしろ疑問を持つことを押さえられてしまった。その内、自分は何でという疑問を持っても人に聞くことはなくなった。だから、喋ることも減った。結構、小さい時にこれが苦しかった。わからないことだけが膨れ上がって、処理できなくなってたから。自分が捉えてないものは全て疑問になる。それは、当たり前なのだけれど、きっと、スルンと流すことができていたら、いっぱい躓くこともなかった気がする。でも、疑問に思うことが全てわるいと思わない。すっごくマイペースだけれど。自分が後ろにバックしていく感覚がずっとあったけど、後ろにバックしていたのではなく、皆が進んでいくのに対して、自分は身動きできずに止まってしまったのだと思う。とっても要領悪い子だったってこと。今もだけれど…。

スクールの日は行きと帰りの電車や人との空間が別世界に感じる。帰りは、とってもガードしたくなる。人を寄せ付けたくない気分になる。そして、人との距離・空間が居心地が良く感じ、ものすごく「1人」という気分になる。そして、ちょっと気持ちがいい感じ。それは、何か人から離れていて拘束間がなくいられる気がするから。でも、その反面はとっても孤立・孤独を感じて寂しくもなる。「1人」という小さなボックスの中でしか身動きができないようにも感じる。だけれど、人との衝突などはなく通り抜けができるようにも感じる。けど、やっぱり寂しいって感じる。自分が2つに分かれて、2つの自分両方が周りとは違う空間にいる気分。これは…友達とか家族と一緒にいるときに感じると、寂しさのあまりに、もっと人から離れたくなる。それは、自分から離れていく分には一応は納得して自分が離れていくから、気分的に楽なだけ。何か、話しをしようとした時に話ができないこといっぱいある。後悔するとわかりながら、寂しさを感じたり、凹んでいる時なんかだと、自分を切り離して自分の思いを無視した行動をとってしまう。まだ、ここの部分はうまくいかない。だから、時に自分がとっても嫌になる。そして、凹む。居心地がいいと思いたいという願望というのもあるし、自分でせっかく見えたものを消そうとしてしまう。無駄なエネルギーを使うこともいっぱいある。
きっと、自分のやりきれない気持ちとか、いろんな意味で、昨日、自分なりの答えを出した気もする。エネルギーが内側に向かってしまって充満していたのも何となく気づけていたし…。最初は見たくなかったから押し込んでた。けど、容量パンクが起きそうになった。だから、パンクの爆発寸前に、答えだして小さな決意したんだと思う。この小さな決意には…いろいろな支えがあって、やっぱり自分恵まれてる。
何となく内容まとまらず、ただただ、今日は書きたかった。
by idun-2006 | 2006-08-19 09:04 |

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