心と身体のよりどころ

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筋肉の誤解を解く

「筋肉」 の文字を見たとき、ボディビルダーのゴツゴツした大きな筋肉を連想しませんか?
   私だけかな039.gif

いろんな側面で、筋肉が誤解されていると気づくことがあります。
得に女性は筋肉を嫌悪しすぎてます。
以前の私もその傾向がありましたが、身体の勉強を通じて、筋肉がとても重要な組織であり、その使い方やケアに対して、もっと意識を向けるべきとつくづく痛感しています。
そこで、筋肉の誤解を数回に分けて解いてみたいと思うのです。

筋肉を想像したとき、それは 「硬いもの」 という捉え方をしていませんか?
私は、身体についての勉強を始めるまで、筋肉は硬くて当然と思っていました。
トレーニングをして培った筋肉は、大きくて硬くなるものと信じていました。
根をつめた仕事をすれば、肩凝りは当然起きるものであり、肩凝りが生じる・生じないの差は体質が関わっているものと思っていました。

こういう言い方をすれば、それが真実なのかどうか、分かりますね。
筋肉は柔らかなもので、大きな力を発しても、柔らかな質を保てる組織です。
筋組織が硬くなったり、凝りの症状を起こすのは、そうなるような身体の使い方をしたことによる結果です。

ダンサーを含めた世界のトップクラスのアスリート達の筋肉は、シェイプも美しく、立派な筋肉をしています。
その筋肉は、けっして硬く強靭な物ではなく、弾力のある柔らかな筋肉です。
仕事をしていない筋肉(力を抜いた状態)は、筋肉の組織が絹糸のようにサラサラと指に触れる感覚です。
それが、天才達の筋肉。
一般人の筋肉は、コリコリ、ゴリゴリ、層帽筋(肩凝りの筋肉)に至っては、鉄の板が入っているのではないかと思わせるくらい、背中一面が硬くなっています。
天才と凡人では、これだけ身体の使い方に差があるんですね。 
   凡人の悲しい性。
でも、諦めないでくださいね。
長いこと “肩凝り” で苦しんできた凡人の私でさえ、正しく学習すれば、肩凝りの呪縛から逃れることができます。

さて、度々紹介しているラテンダンサーの世界チャンピオンの話ですが、彼の事例がとっても分かりやすいので、再び引き合いに出させてもらいます。 
私は彼のダンスが大好き。 世界でも最も優れたダンサーだと思っています。
彼のダンスには無理がない。 でもなよなよ、デレデレのダンスでもない。
ちゃんと身体の機能を考えた、理に適った身体の使い方の振り付けになっているし、またそれを表現できる機能を備えた身体となっています。
時に力強く、時に柔らかく、肩の力が抜けた大きなダンスです。
踊っている彼を見ていると長身に見えるのですが、間近で見ると小柄な男性だったのには驚きました。
筋肉の力の支配で踊っているのではなく、必要最小限の力で身体を大きく使えている、細分化された能力の高い身体であるからこそ、踊っている彼は大きく見える。
チャンピオンが踊るとき、筋力の力で身体の形を作り、表現しようとはしているわけではありません。
彼の意識は、重力・重心・軸・骨の動線に向いています。
そんな彼の身体を調整してみると、身体のどこを触っても、コリっとした硬い筋肉は全くないそうです。
首も肩も背中も、あの力強いパフォーマンスからは想像できないくらい、弾力があり柔らかな筋肉。
実際に施したのは主人でしたが、傍で見ていた私の手にも、その柔らかな感覚は十分に伝わってきました。
そんな天才チャンピオンの身体にも、唯一一箇所だけコリっと感じる筋肉があった。
それは、確か左の太ももの裏側、ハムストリングの一箇所。 一本の筋繊維が指に触れたといいます。
非の打ち所のないチャンピオンのダンスですが、振りの中でほんの一瞬だけ、左脚の使い方に問題箇所がありました。チャンピオンも自覚していて、脚の動線を調整しているところでした。
要は、天才チャンピオンでさえ、間違った身体の使い方をすれば、凡人の我々と同じような筋肉の質になってしまうということ。
だた、想像してみてください。
身体のどの部分を触っても、コリっとした硬い繊維を感じるのは太腿の裏側の一箇所だけですよ。
それって、どれだけ凄いことか。
寝たきりとか、毎日デレデレ過ごしている人ではありません。
激しいダンスを毎日している人の身体です。
チャンピオンがどれだけ優れた感性なのかが伺えます。

では、どうして間違った身体の使い方をすると筋肉が硬くなってしまうのでしょうか。
そこが知りたいところですよね。

ちょっと疲れてきたので、その続きは次回に。 (もったいぶってるわけではありませんよ040.gif
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by idun-2006 | 2009-09-30 11:59 | 身体

交流

私のお客様の平均年齢は、やや高め。
若輩者の私でも、身体のことについてはお役に立てることがあります。
人生の先達者として、いろんなことを既に経験なさってきた皆様との交流は、得るものがたくさんあります。

今回は、3人のお客様から “元気エネルギー” をいただきました♪

ます、腰が痛いとお見えになっていた、70代のお茶目なおじいちゃま。
「俺の主治医の内科医の奴が、“もういつ逝ってもおかしくない歳なんだから、なんでも好きなことしたらいい” なんていいやがるんだ。だから、俺は絶対にあのやぶ医者より長生きしてやるんだ。」
とケラケラ笑いながら、いつも話してくださいます。
「おかげさまで腰は全く痛くなくなったよ。 絶好調!」
とお元気にトレーニングをなさってました。
良くなられて嬉しいんだけれど、お話を伺う機会が減るのは淋しい。 

お二人目は、やはり70代のおばあちゃま。
「野球の巨人の高橋由伸くんが、身体は気づかないうちに崩れてくるから、定期的にメンテナンスをすることが何よりも大切と、20代の後輩にアドバイスしたんですって。それを聞いて、私のしていること、やっぱり間違ってなかったと思ったの。こうやって先生に定期的に診てもらってたら、ちょっとの狂いを見つけてもらえるでしょ。だから大きな故障にならずに済むんですよね。」
血液循環があまりよくなくて、いつも足が冷たくなっていたため、入浴についてアドバイスさせていただいたことがありました。
「先生、41度のお湯に15分浸かれるようになりました。そしたら、顔から汗が吹き出して、身体がポカポカになるんですね。先生、こういうことをおっしゃってたんだって分かりました。 とっても気持ちよくて、おかげさまでぐっすりと眠れるようにもなれました。」
今までは熱めのお湯にチャチャっと浸かって終わらせてたんですって。
アドバイスを忠実に実行してくださるお客様の身体は、どんどん変化してきています。

そして最後にお目にかかれたお客様は、還暦を迎えられたばかりの方。
以前にもご紹介したことがありますが、我流のトレーニングでは変化しなかった身体が、私とトレーニングを行うようになって、瞬く間に変化し始めた男性のお客様。
お身体の変化は現在進行形。
興味本位で、胸を触らせてもらいました。(←これってセクハラ?005.gif
おお、以前よりさらに立派な大胸筋になっているではないですか。 
「いや~、胸に谷間ができちゃって、嬉しくてね。 これじゃブラジャーがいるかもね。」
なんて、冗談を交わしたりして。
痛めていた肩の状態も良好。
無理のないトレーニングが板についてきたようです。


こんなお客様との交流の中で、元気エネルギーに触れた私の身体も変化してます。
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by idun-2006 | 2009-09-27 00:49 | 心と身体のストレッチ

勇気

運動指導、身体の調整(ブレインストレッチ)を通じて様々な人との交流があります。
単に身体のケアをしているだけでなく、場合によってはお話を聞いて、私に分かる範囲で助言することもあります。

何かに悩んでいたとします。
一応、自分で答を出そうと あれこれ考えてみるのですが、結論を見出せない。
それには、いろんな理由があります。

正解を見つけようとする。
最終ゴールではなく、もっと手前の小さな目標がない。
勇気がない。

皆、間違った道を歩みたくないんです。 間違った道は苦しくて辛い道と思っているから。
でも、人生に正しい道も間違った道もなく、自分にとって必要な道なんですね。
だから、どっちを選んでも正解。
迷って、立ち止まってる方が、時間がもったいない。
人生に近道はないんです。 自分の道を地道に歩むのみ。

よく、スクールの講義で「目標を持つ」話をします。
目標を明確にしないで闇雲に進むと、途中で先が見えなくなってしまいます。
はっきりとした目標を掲げることが大切。
そんな話をすると、殆どの人は、「目標が見つからない」といいます。
見つからないという人は、初めから人生を揺るがすような大きな目標を掲げようとするから。
そして、一度掲げた目標は、変更できないと思っている。
既に人生設計がはっきりとしていて、目標を掲げている人は、そこに焦点を合わせて歩み続ければいい。
見つかってない人は、もっと身近な生活の中での目標をつくればいいのです。
例えば、毎朝6時に起きる とか、 毎日散歩に出かける など。
1日、2日なら誰だって実行できます。
1ヶ月、3ヶ月、半年、1年と続けて日課にしてしまうくらい続けることができて初めて目標を達成できたといえます。
小さな目標でも継続は難しいものです。
でも、その小さな目標がクリアできたとき、それが自信に繋がっていきます。
小さな自信をたくさん積み上げれば、もう少し大きな目標が見えてきます。

現代人は決断力が欠乏している言われています。
だから、決断力に優れていた戦国武将に憧れて、歴女なるものが出没しているとか。
最近、皆さんの話を聞いていると、同じところをグルグルと回っていて、意味のないことを並べてみたり、それがぼやきなのか愚痴なのか、単なる独り言なのか分からなくなることがあります。
途中で止めなければ延々と続いてしまうくらい、ある種のストレス状態になっています。
結局どうしたいのかが見えてこない。 決められない理由の一つが、勇気がないことです。
勇気がないのに、勇気を持ちなさいと言われても、直ぐに前へ踏み出せるものではありません。
それができれば、既にどうにかなっている。
ます、今の自分には勇気がないことを、無視せずに自覚すること。
踏み出す勇気がないと、目の前の道が霞んできます。
その霧を晴らすことから始めるべきです。
方法は、人それぞれです。 
書物だったり、勇気に溢れている人との交流だったり、自然のエネルギーだったり。

決断力や勇気の欠乏の理由の一つに、現代社会の情報過多現象が影響していると思います。
メディアやネットの普及で、様々な情報を安易に手に入るようになりました。
その情報過多状態に、私たちの脳の処理能力が追いつかない。
自分で気が付かないうちに、飽和状態に陥ってしまいます。
身体の感覚であったり、感情の部分であったり、どの部分が機能しなくなっているのかすら分からなくなっています。

部屋に物が増えすぎてしまうと、どこから片付けたらいいのか、手がつけられなくなってしまいます。
飽和状態になる前に、必要なもの、必要ではないものを整理する習慣をつくるのが整理整頓のコツ。
ならば、情報も同じことです。
目標に対して必要な情報、不必要な情報を整理して捉える習慣をつくる。

こういったことが定着するまで、ひたすら練習です。
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by idun-2006 | 2009-09-26 11:40 | 心と身体のストレッチ

ネコだって

コニャニャチワ003.gif
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ネコだって、 仰向けに寝るんだよ~ん。

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べつに、おかしくないよね。 (ちょっと恥じらい)



夏の間 放置されていた 小屋 シャモンのお部屋が 解禁です。
ちょっと涼しくなると、とたんにどこかへ入り込みたくなるらしい。

でも、やはり冬とは違う。

お腹丸出しだもん。

シャモンにとって、天敵(←コロナ)から身を守るには、小屋の中が一番。
だから、安心してお腹を出してるってわけだ。 納得!
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by idun-2006 | 2009-09-22 23:32 | ペット

和童塾 9.20

今回の和童塾は、野外授業。
秋晴れの中、公園でウォーク&ジョグの講習です。
風がちょっと強かったけれど、とっても気持ちいい晴天の中、のびのびと身体を動かす和童塾となりました。

この公園は、私がいつも行くサンクチュアリ。
やはり、一歩足を踏み入れたとたんに身も心も洗われるよう。
その感覚を塾生さんたちも感じられた様子。
思わず深呼吸したくなるような、心なしか空気が美味しい気がする。
土の匂い、草の匂い。
なかなか都会の生活の中では触れることができない、自然のエネルギーを満喫できる公園です。

たかだか歩き、されど歩き。
毎日何千歩も歩いているのに、改めてフォームチェックとなると、途端にぎこちなくなります。

公園へ入り、周りを散策しながらプラプラと歩いているときの脚は、適度に脱力していて、とてもリラックスして歩いています。
ところがウォーキング!となった途端に、どこかぎこちなくなってくる。
股関節と膝関節の力を抜いて、身体を前傾させて、踵で地面を押して・・・・。
などと 頭で考えだして ギクシャクしてきます。
和童塾で、散々「身体で感じて」と言っているので、感覚で捉えようとするのですが、感じることを頭の中でいろいろと巡らせてしまうようです。
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脚を前へ一歩踏み出すときに、腿が引き上げられて前方へ振り出されることで一歩進むことができますよね。
そのときに、股関節・膝関節が硬いと、骨の動きを阻害してしまいます。
関節の力がぬけてプラプラだとしたら、大腿骨(腿の骨)を引き上げるときに使われる筋肉は、大腿四頭筋(太ももの前側の筋肉)ではなくて、大腰筋です。
この大腰筋を反射させられなくなっています。
大腰筋は、鳩尾の奥の背骨の内側から大腿骨に付いている筋肉です。
股関節が伸展したときに大腰筋も伸ばされ、伸展反射が働いて大腿骨を引き上げます。
大半の方は、腹筋が緩んで上体が中心よりもやや後傾し、背中を丸めて重心をとっています。
フォーキングで歩幅を広くして歩こうとすると、脚が先行して上体はますます後ろへのけぞってしまいます。
お腹を出して歩いているみたいな格好です。
これでは大腰筋は反応できず、腰椎や殿筋に過度な負担をかけてしまいます。
鼠径部を折って上体を前傾させ、上体の重みを前方への推進力に利用します。
そして、股関節、膝関節の力を抜いて、脚を前へ振り出します。
このときに骨盤は左右に回旋するのではなく、遊脚(前へ振り出す脚)の骨盤は丸まり、支持脚の骨盤は前傾します。
こういったことをぐちゃぐちゃと考えすぎて、かえって動きを固めてしまうようですね。

大切なのは、
  力を抜くこと。 
  重心を胸に引き上げて脚の負担を軽減させる。
  脚が鳩尾から生えている意識をもつこと。

胴体部分が固まっていなければ、骨盤がつられて回旋することはありません。
胸郭部分が固まっていなければ、胸を使って歩くことで前方への推進力が加速します。
身体の力が抜けて、身体のいろんな部位が動きだし、フォームが大きくなってくると、 「歩けば歩くほどに身体が解れて心地いい」 という感覚がが実感できます。
ジョギングはこのウォーキングフォームの延長上にあります。

室内でウォーキングの指導をすると、塾生さんたちは迷路にはまってしまう傾向があるんですが、野外では開放感もあり、いつもの力みがなくなり、なにか掴んでくれたように感じました。

特に養気呼吸法は、野外がうってつけです。
土、草、大木、風、太陽の光、自然に包まれながら、自然のエネルギーを身近に捉えつつ呼吸を合わせていくと、心も身体もすっきりします。

また、来月も野外の和童塾をやりましょうね。043.gif
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by idun-2006 | 2009-09-21 01:22 | 和童塾

ウォーキングフォーム

池袋のスポーツクラブで指導していると、ホテル内のクラブならではの利点があります。


そ・れ・は034.gif


外人さんがいること003.gif


他国の人なんて、そこらじゅうに居るじゃない。 今更珍しくもない。
と思いますよね。
外人さんが珍しいのではなく、彼らの身体の使い方を観察させてもらえることが利点なんです。

欧米人は日本人と比べると、まず骨格が違うし、筋肉のつき方が日本人より付きやすい。
だから、がっしりとした体型の方が多いです。
でも、運動を怠ってると、デブっとした体型になってますけれど。037.gif

私が観察するのは、彼らの体型ではなく、彼らの身体の使い方です。

マシントレーニングのフォームは?
  層帽筋に過剰な力みがない ◎

トレッドミルで歩いている人を見ると、
  骨盤が分離して動いている ◎  
  膝が伸びている ◎

外人さんの横で歩いている日本人を見ると。
  骨盤が一つの塊となり、分離して動いてない
  膝が曲がったまま

外人さんと日本人の歩き方を比較すると、日本人の歩き方は非常に不恰好に見えます。

こういう解説を言葉だけで説明しても、なんとなく分かるけれどイメージが湧かない方が殆ど。
でも、池袋ではライブで比較しながら解説してあげることができるのです。

「っね、日本人の骨盤は動いているようだけれど、実は骨盤は一つに固まっていて腰を捻って骨盤を回旋させているだけなの。 でも、あの外人さんは仙腸関節が分離していて、骨盤が3つに分かれているから、左右の腸骨が前後に動いていて、回旋してるのとは違うのが見て分かるでしょ。」

今回は、東南アジア系の女の子がお見本になりました。
同じアジア系でも、歩き方は欧米人同様に骨盤が分離して動き、膝が伸びて、非常にゆったりとした美しいフォームで歩いてます。

「ああゆう歩き方ができると、歩けば歩くほど身体が解れて心地よくなってくるの。 歩くほどに辛くなってくるのは、無駄な力みのあるウォーキングフォームになっているってこと。 それに、彼女のようにゆったりと大きなフォームで歩くと、身体のいろんなところが細かく動けるようになってくるのね。 様々な部位が細かく動き出すということは、一つ一つの小さな動きが合わさって、総合すると大きなエネルギー消費に繋がっていくの。 固まっている身体に比べると、身体に負担をかけずにカロリー消費量が増えていくのです。」

「彼女のような歩き方は直ぐにはできないけれど、実際に目にしながら解説してもらうと、歩き方のイメージがつかみやすいです。 練習します!」
と、喜んでもらえました。


最後にお客様からの質問。

Q:なんで日本人は歩き方がへたくそなの?

A:大都会となった東京では、街中はせせこましく、ゆったりとは歩けない。
  型にはめたがる日本人の性質も、歩き方の違いに出てくる。
  大陸を横断して生活していた欧米人は、必然的に身体の使い方も大きくなる(遠心性の反射)。

他にも考えられる理由はあるけれど、上記の理由が主だったところ。
でも、日本人だって意識を変えれば、おおらかな歩き方ができるのです。
骨盤の意識はちょっと難しいかもしれないけれど、まずは背筋をのばして、膝を伸ばして歩くことを意識してみてください。

全ての外人さんが、理想的なフォームで歩いてるとは限らないことを付け加えておきます。
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by idun-2006 | 2009-09-20 01:48 | トレーニング

スッピン奮闘気 ~痛み~

今回は痛みに対してのお話。

癌の痛みは想像を絶する痛みと言われていますね。
主人の痛みも病の進行に応じて、尋常ではない痛み方にエスカレートしていきました。

彼が自ら身体の異変に気づいた頃から数ヶ月、痛みは生じていませんでした。
結果論からすると、癌が発症した臓器は大腸・肝臓。 共にサイレントの臓器だったから。
しこりは触れるものの、痛みがない。
当時、しこりの場所から胃がんと思いこんでいた主人は、癌の進行を痛みと照らし合せていたのだと思います。
これが落とし穴だったんですね。
痛みはないけれど、サイレント臓器の中で癌は確実に進行していました。

徐々に痛みを感じるようになるなか、彼は痛みを押し殺し、私に見つからないように一人で苦しんでいました。
私が仕事で外出している間。
私がお風呂へ入っている間。
私に気づかれないように、痛みに耐えていました。

ある晩、お風呂から出ると、主人のうめき声が聞こえてきました。
でも私がお風呂から出た気配を察すると、うめき声は消えました。
「私に悟られないように、我慢してるんだ。」

次第に痛む頻度が増してくると、夜中に耐えられない痛みが襲ってくるようになります。
寝ている私を起こしたくない。 だけど、我慢できない。
私の隣で痛みで呻く主人。
始めは主人が気遣うから、私は気づいてない素振りを装っていたのですが、さすがに無視することができなくなり、主人の背中を擦ってあげます。
そんなことくらいしかしてあげることができないのです。

一端、私に自分が痛みで苦しむ姿を見せてしまうと、以後ありのままの姿をさらけ出すようになりました。
もう誤魔化すことができなくなったんです。

痛みが更に増してくると、昼夜問わず、痛みでもがき苦しむようになります。
ただ、この頃の痛みは、原因がはっきりしていました。
食事で体力をつけたくて固形物を少しでも食すると、胃の噴門部を抜けるときに強烈に痛み、その後腸を巡り身体から抜け出すまで、痛みと発熱で苦しみます。
分かっていても、体力をつけたくて “このくらいなら” との自己判断で固形物を食べてしまい、結局痛みと発熱でくるしむ。 この繰り返しでした。

その頃、主人は私に言った一言。
「内臓を抉り出したいほどの痛みって、分からないでしょう。」

いいえ、分かります。
子宮内膜症による生理痛の痛みが最悪だったころ、医師から処方された鎮痛剤も効かなくなり、3日間満足な食事もできずにベッドの上でのた打ち回っていました。その頃に、同じようなことを思ったものです。
4日後には痛みが治まると分かっているものの、強烈な痛みに襲われると身の置き所がなく、解放されることのない痛みのために悲観し、しまいには内臓を抉り出して捨ててしまいたい衝動にかられます。
主人の痛みは、その頃の私の痛みと同様であることは分かります。
察することはできても、どうしてあげることもできない。
私が生理痛を起こしているとき、主人に背中や腰を少しでも解してもらうと、痛みの感じ方が全く変わります。
痛みがなくなることはありませんが、かなり軽減されます。それに薬の効果が向上するため、服用量が半減します。
だから、痛みで苦しむ主人を前にして、私が思いつくことは、背中を解してあげること。

主人も私と同じ事を言ってました。
「痛みがひどいときに背中を解してもらうと、痛みが全くなくなるわけではないけれど半分になるんだよ。それだけでもかなり楽になるんだ。 助かるよ。」

これこそがブレインストレッチの効果なんですね。

主人がそれほどの痛みをかかえるようになっても、極力鎮痛剤を使わなかったのは、理由があります。
彼は自律神経のバランスに着目していました。
身体が交感神経優位状態が長年続くようになると、様々な病を発症する確率が増してきます。
そして、交感神経優位状態は、癌細胞にとってうってつけの状態で、どんどん増殖していきます。
鎮痛剤を服用すると、身体は一端交感神経優位状態となります。
だから、服用を避けていました。
“死ぬわけにはいかない。 まだ皆に伝えたいことがある。 自分を求めてきてくれる人のためにも、病を克服しなければならない。”
彼が抱いている使命感から、痛みに耐える道を選択していました。

彼の決意を知りつつも、夜中に何度も苦しむようになると、
“私は明日仕事があるんだから、勘弁してほしい。 寝かせてほしい。” という思いにかられます。
“そんなに苦しいんなら、鎮痛剤を飲んでよ。”
こういう事態になると、迷いが生じます。
鎮痛剤を飲んでほしいと思うのは、私の都合であって、身勝手な思いなのだろうか。
それとも彼の身体のために、薬を飲ませるべきなのか。
どっちを選んでも、正解なんてものはありません。

私たちは、彼の強い意志もあり、彼の思いを尊重して薬を服用しない道を選択していました。
(但し、仕事に出るときは、薬を服用して痛みを抑えていました。)

私は主人の看病に関して、“やれることは全てやった” という自負があり、後悔することはありません。
但し、二つだけ心残りの出来事があります。

ある晩、激しい痛みにもがき苦しむ主人。 その晩は、背中を解しても痛みが軽減されずに、一晩中苦しんでいました。 勿論、私もお付き合い。 睡魔に襲われつつも、必死に主人の背中に手を伸ばす。 手が止まるとうめき声というより彼の絶叫に近い声で目が覚める。 見ると布団を咬んで痛みに耐えようとしている主人。 私の方が根負けして、水と薬を口元に差し出し、
「お願いだから薬を飲んで。こんなに苦しむのなら、鎮痛剤の副作用と比べたって同じことだよ。 さあ、薬を飲んで!」
喉から手が出るほど本当は薬を飲みたい主人。 あれだけ拒絶していたのに、一瞬私の誘惑に引きずられそうになり、目が泳ぎます。 半分口が開きかかったけれど、打ち消すように首を横に振り、
「駄目、飲まない! 皆のためにも飲めないの。」 
そして、横を向いて再び痛みと向き合ってました。

私は、彼が少しでも楽になってほしいという思い一心で薬を手にしたのですが、あの瞬間の主人の目が脳裏に焼きついています。彼の葛藤を思うと、主人に対してとても残酷なことをしたように思えてきて、胸が苦しくなります。

これはあくまでも結果論であって、私のしたことに是も非もありません。
何をしたにせよ、悔やむ思いは湧き出てくるものです。
大切なのは、今生きている私の命を曇らせないこと。
そして、時間を共有する中、いろんな経験をさせてもらった主人に感謝すること。
それのみなんです。

もう一つの心残りのお話は、次回にすることにします。
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by idun-2006 | 2009-09-19 10:41 | 心と身体のストレッチ

1000万人のカラダ革命 ~感覚 vol.2~

運動の「センス」とは感覚のことですから、運動神経以前のところでセンスが決まってしまっています。
固まった身体とは、筋肉が硬くなり受容体としての精緻な働きができなくなっている身体です。
受容体の働きが劣化しているわけですから、当然股関節の位置など感知できません。
肩甲骨と肋骨が筋肉の緊張により癒着している人は、肋骨と肩甲骨の区別がつかなくなっています。腕の動き肋骨は区別できるものなのですが、肋骨と肩甲骨が切り離されていないため、腕の動きに肋骨がついてきてしまいます。つまり、腕を挙げると肋骨もつられて引っ張り挙げられてしまいます。
こういった状態の人は、胸郭(胸の部分)が一つの箱のような感覚になっています。
それぞれの骨が自由に動くことで、しっかりとした呼吸が行われるのですが、箱のように固まった肋骨の人は、当然 その呼吸は浅く、酸素の供給量が慢性的に低下してしまいます。
こういう人が呼吸法を行っても、かえって筋肉が緊張し、横隔膜が上がったままになって、血圧を上げてしまい不健康になるための呼吸法になってしまいます。

このように固まった身体の状態を 「ギブスをはめているようなもの」 と松本先生は表現されていました。
手足をギブスで固定された状態を想像すれば、その不便さ、ぎこちなさ、動けない苛立ちなどを容易に想像できると思います。
動けないストレスや不快さえ、長い期間を経て固まった身体と付き合っていると、その不快さを感じられないほど感覚は鈍化してしまいます。鈍重極まりない身体と動きが人間であると、いつのまにか頭の中の理解を書き換え、誤解して記憶してしまいます。
つまり、運動神経を巧妙に駆使する以前に、運動の可能性を極狭い範囲に限定してしまっているのです。
「このギブスをはめたように固まった身体」は、身体が解れて自由に動けるようになったときに、初めて「ギブスをはめていた」ことの意味を実感することができます。
また、一体解れた身体が再び何かの理由で固まりだしたとき、動かなくなった不自由さを「ギブスをはめたみたい」と理解することができます。
初めてこの表現に触れたとき、実に面白い理解の仕方だと思いました。
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身体の感覚は、そのまま脳の感覚につながっていきますから、一流選手の美しい動きなどを見ても、とても自分に可能なイメージは湧いてこないのです。
こうした感覚の鈍いからだは、当然脳の機能も鈍化し、バランスが取れていません。
機能的バランスがとれていない脳ですから、その使用も当然かたよってしまい、感情表現、情緒の育成につながっていく、身体の隅々までを動かしていく自然な連動からは、益々遠ざかり、悪循環に陥ってしまいます。
by Ryu Matsumoto

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by idun-2006 | 2009-09-16 10:25 | りゅう先生

切ないなぁ~

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今日、 私、 傷ついちゃった。。。




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いつもの この姿で寝ていたら、 

ブス顔 って言われたの。

ひどーい!007.gif

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皆さん、 

私は

やっぱり


ブス顔 なんでしょうか。。。





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はぁ~、 なんだか いじけちゃうなぁ~002.gif


シャモンちゃん、飼い主である私が とろけちゃうほど可愛い と思ってるんだから、
それで良しとしようよね。

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by idun-2006 | 2009-09-13 21:41 | ペット

心と身体のストレッチ ~薬物依存 Vol.3~

俗称スピード、アンフェタミン系覚醒剤の蔓延は、海外でもミュージシャンやアーティスト達の間で根強く広がっている。
その余波が若者層に広がり、ダンスパーティなどで乱用されてきたファッションドラッグの仲間入りをしているようだ。
日本にも当然、それらの情報は入ってきている。そして、情報だけではなく、実際の薬物も密輸されてきている。
アンフェタミン系覚醒剤には「エクスタシー」も分類される。これらの特徴として、静注すると速やかにその効果が現れ、身体中の血管を走りぬけるクーラーイメージの爽快感、高揚感、感覚器系の開放感、漲る力と自信がスーパーマン的な、もう一人の自分を作っていく。この通常では味わえない至高の感覚は、超一流アスリート達が体感する「ゾーン」に似ているのかもしれない。超一流アスリート達は、この超感覚的世界を再現するために、自身の能力を最大限に高めていく努力をし、肉体と精神とを極限にまで磨きぬく。
一方、ドラッグ愛好者達は、安逸な方法によって人が精神と肉体との極限の努力によって始めて到達する思考の感覚世界へ、薬の力によって安易に脚を踏み入れる。
一方は、精神と肉体を人類として最高の位置へと高めつつ手に入れる世界であるのに、他方は、この薬物が持つ中毒性によって、また耐性によって薬物の量を増し、中枢神経や循環系に徐々にダメージを与えていき、人としての低次元の精神と肉体とに変貌していく。
薬物によって手に入れる高揚感や自信、感覚の噴流は、所詮、架空のものであり、幼想の世界である。その幼想の世界が発揮する、強烈な求心力に対抗し、その力から抜け出るには、現実世界の中に幼想世界が持つ求心力よりも更に強力な力を作っていかなくてはならない。
その力が、現実世界での強烈な夢や責任感、存在感、そして希望、家族、友人、恋人達の心の底からの愛情と信頼、そして助力とが必要となる。
ドラッグを使えば簡単に夢の世界へとトリップできるのかもしれない。しかし、それは現実からの逃避でしかない。我々は妄想の世界に負けない存在感と、充足感とで満たす事が社会的環境下においてできたときに、蔓延する薬物依存の世界は徐々に減少していくものだと思う。
それには何よりも、今の社会の中心、あるいは一端で働く大人たちの意識がまず変わっていかなくてはならないものと思う。
大人たちの姿に、自信と愛とそして使命感、責任感、希望と信頼とを見出せたとき、子供たちは初めてその小さく閉じこもった胸の中を見せてくれるものだろう。


この最後の一文を読んで、ハッとしませんか?
自分の姿はどうだろう。。。
疲れ果てて腑抜け状態、何かが起きれば責任逃れ、未来に夢も希望もない。
そんな大人の姿を見て、自分達の将来に夢や希望、そして大人に対する信頼が持てるでしょうか。
夢・希望を抱き、実現に向かって光輝いている人は、とても魅力的に映ります。
違法薬物のような負の誘惑は、ちょっとした心の迷い、隙間からいとも簡単に入り込んでくるものです。
その侵入を防御するためにも、しっかりとした夢・希望・目標を持ち続けていくことが大切です。
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by idun-2006 | 2009-09-09 09:29 | 心と身体のストレッチ

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