心と身体のよりどころ

idun2006.exblog.jp ブログトップ

カテゴリ:りゅう先生( 84 )

身体にとって大切なこと

やらなきゃと思っていることがたくさんあって、優先順位を後にしていた松本先生関係の整理。
ここらで、”やっぱり先にやろう” という気になって、「松本ブログ」を再開させました。
(同時進行で手掛けなければならないこともヤマズミですが)

久しぶりに「松本節」ともいえる主人の文章を読んで、彼の元で学び始めた頃のことを懐かしく思い出します。

膝を痛めて動けなくなったときに、主人に診てもらったのがきっかけで、彼から身体について教えてもらうようになっていきました。
なぜ、彼の教えに沿っていったのか。
膝の痛み一つとっても、「なぜ痛みを発するようになったのか」 「どうすれば改善するのか」
きっちりと納得できるように説明してくれたから。

肩こりを起こしていた原因を知り、それを解消させる術を学びました。
おかげで肩こりから強烈な頭痛と吐き気を起こして動けなくなることがなくなりました。

彼の話を聞いているうちに、自分が大人になる過程で自分が本来持っていた感性に蓋をしていたことにも気付くことができました。
ただし、気付いても取り戻せるものと、いまだに取り戻せないものがあります。

難しい理論やテクニックを並べられて、頭がパンクしそうにもなりますが、それでもなんとか難しい文章に食らいつきたいと思うのは、彼の世界観に共鳴できるからなのです。
私たちは自分の身体、この肉体を自分のモノと捉えています。
ある意味当然の話です。
少し抽象的な話になりますが、自分の身体であって、自分のモノではない。
いわば、借りているモノ。

松本先生と一緒に歩いていたあるとき、先生がポツリと言った一言がいまだに忘れられません。

「あの子の骨盤が可哀そう。 あんな歩き方をして、骨盤が可哀そう。」

この一言から、自分の身体は自分勝手に気ままに動かすのではなく、上手に使ってあげなければだめなのだと悟ったのです。
「自分が自分の骨盤をどうコントロールするのか」 というより 「自分の骨盤が悲鳴を上げないようにするにはどうしてあげたらいいのか」

以来、上手に使ってあげることとはどういうことなのか、日々模索しています。
直ぐに気付けることと、多少の痛みを伴ってやっと気づくこともあります。
事情はいろいろあっても、痛みを発するということは身体の使い方が下手くそだったから。
(内臓疾患からの痛みは別)
身体の使い方、動かし方を修正しなければならない。
そのヒントが先生の文章から得ることができるのです。

生前彼がよく言っていたこと。

「みんな大脳指向型になっていて、難しい理論を論じ合うことに時間を惜しまない。でも大切なのは知ることにとどまらず、実践して身に着けること。」

どうぞ、彼の文章からヒントを得たら、エム・アイ・エルのワーク=松本ワークを実践してください。
[PR]
by idun-2006 | 2012-06-29 10:00 | りゅう先生

松本ブログ

松本ブログ、更新してます。

第2話は 「軸と重心をコントロールするための基礎要因」です。

フムフム、そうそう、って納得するお話。
だけど、ちょっと難しい表現だったりすので、原文から少し手を加えてます。

テーマは興味をそそられるものばかり、
先生が言わんとする内容も分かる、
けど、難しい。

先生の原文から、彼の視点の奥深さに改めて感服してしまいます。
一つの事柄から多くのことを読み取り、それを数倍膨らませて理解する能力にたけていました。
だから、プロの瞬時の動きを捉え、天才の能力を細かに把握し、問題点や改善すべきところまでも捉えられていたのです。

同じ画像を見ていても、ノーマルスピードではまったく理解できない私に、スローモーションで解説してくれたことを、懐かしく思い出します。
特に、オリンピックシーズンになると、彼の解説が恋しくなります。

そんな記事がまだまだ山ほどあります。
う~ん、頑張らねば。
[PR]
by idun-2006 | 2012-06-28 11:00 | りゅう先生

松本ブログ再開

我が家の本棚には、松本先生が過去に記事を掲載した雑誌が並んでいます。
ムック本などの単発から数年にわたり連載していたもまで、結構場所を取られているんです。

”どんなこと言ってたっけ?” 

とチラ見してみると、今でも興味をそそる内容だったりして。
これを眠らせてはもったいないと思いつつ、どういう形で紹介したらいいのか、迷い続けてはや5年。
いい加減着手せねばと奮起して、まだ最善策ではないですが、新しいブログをアップして掲載していくことにしました。

タイトルは 
「和童塾 ~カラダと動きの秘密~ 松本ブログより」

本当は松本メソッドを紹介していこうと思って立ち上げたブログですが、松本先生関連のことをここに載せていくことにします。
和童塾そのものが、松本先生の信念を凝縮させたものですから。

かなり大変な作業となりますが、途絶えないように少しずつ掲載していきますので、見に行ってください。
[PR]
by idun-2006 | 2012-06-27 11:07 | りゅう先生

anniversary

今日は主人の命日。 
あれから5年になるんですね。 あっという間。

今日は特別なことは何もなかったけど、少し前に連日主人が夢に出てきました。

「心に花園を」書き出したり、命日が近づいて会いに来てくれたんでしょうか。
懐かしかった。
f0031709_23273466.jpg

「心で花園を」で主人の闘病中のことを振り返る作業をきっかけに、主人と過ごした日々を思い出します。
一緒にトレーニングしたり、ジョギングしたり、公園で養気呼吸法の練習をしたり、撮影をしたり。
仕事は紆余曲折で、いつも順調だったわけではなかったけれど、何もないゼロから動き出し形を作っていく主人は、やはりすごい人でした。
時にかなり無理をしなければならないこともあったので、主人と過ごした期間は荒波が立つ波瀾万丈な毎日で、あっという間に過ぎ去っていった感じ。
この5年間は私のペースに戻り、主人のように精力的に行動できない分、穏やかな時間経過だった気がします。

そう、だから何もできてない。
これじゃダメね。

今年こそ、主人の手記をまとめて、みなさんが閲覧しやすい形にしたいと思っているのですが。
[PR]
by idun-2006 | 2012-03-04 23:13 | りゅう先生

1000万人のカラダ革命  ~トップアスリートと一般人を分ける~

久しぶりに、松本先生の古い文献を引っ張り出してみました。

私が先生と出会う、遥か前の原稿です。
いわば、先生がフィットネス業界と関わるきっかけとなった頃の概念です。
そんな昔から松本先生を知っている人は、覚えのある一文かもしれません。

私が先生のセッションを受けるようになった頃、先生は「プロ」「トップアスリート」「一流」などというたとえをよく使っていたように思います。

別に特別なことを成し遂げようなどと考えていなかった私は、“なぜプロだのトップアスリートなどとこだわるのだろう?” とその言葉が出るたびに不快に思っていました。
今現在では、それぞれの分野のプロフェッショナル達やトップアスリート達を引き合いに出す理由が理解できます。
松本先生が話す時限はとてつもなく高レベルで、「自分はそこまでは・・・」という意識が先に働いてしますが、同じようなことを考えたとしても、今は自分のレベルでその概念を活かそうと考えられます。

スポーツ、音楽、カルチャー分野の習い事など、なにかに精通している人は、私のような拘りはなく、「プロ」や「トップアスリート」のカラダの使い方を活かしたいという意識が自然に働くのかも知れませんが、一般人であっても、プロフェッショナル達のカラダの使い方は、故障や不快を起こさないカラダを維持することにつながります。

では、プロやトップアスリートのような「素質」や「才能」にあふれている人と私達とでは、何が違うのでしょうか。
一番簡単に分かる部分が、「動き」の違いです。


*** 以下、松本先生の原文 ***

一般人と「才能」や「素質」があるといわれる人とを隔てている要因は、動きの違いを自らのカラダで感じ取れる能力と、それを正しく修正できる能力。
いってみれば、その能力こそが「才能」や「素質」と言えるのかもしれません。

例えば、あなたの身近なところで、こんな事はありませんか?

・ウェイトトレーニングを教えてくれる人と同じメニュー、同じ回数をほぼ同等の重量で行えるようになったのに、教えてくれた人と身長や体重がほとんど変わらないのに違う体型になってしまった。

・上腕のトレーニングだと教えられたバーベルカールが、なぜか前腕部に効いてしまう。

・同じようにステップを踏み、同じようにハイキックを行い、同じようにバックキックを行っているのに、インストラクターのようにお尻が引き締まらない。

・同じ運動をおこなったのに、他の人はなんともないのに自分は関節を痛めてしまった。

生まれ持った骨格の違い、代謝能力、摂取栄養や回復力といった問題もありますが、そういったことを抜きにしても、前記したことは数多く起こっています。
その原因は、「才能」や「素質」を持った人は、「理に適った動き」をトレーニングの中で実行し、効果の上がらない人や、運動が苦手な人達は、「理に適った動き」ができていないのです。
トレーニング・ノウハウのメカニズム自体は正しいのですが、ノウハウを正しく実行できるカラダのメカニズムと、そのメカニズムの違いを把握し、修正する能力に違いがあるということなのです。



先生がいう「理に適った動き」とは、どういうものなのでしょうか。


現在紹介されているトレーニングやノウハウのほとんどは、欧米人による経験と実証によって積み上げられてきたものです。だからこそ、骨格の違う日本人に合うノウハウやフォームがあってしかるべきなわけです。
ウェイトトレーニングにおいては、重力を利用するというところがポイントであり、重力軸、重心、関節の梃子作用、これらを支えるカラダの中心と体軸などの相関関係をきちんと把握し、物理の法則と身体力学に則した「理に適った動き」を行うことが大切です。


こういうことを自分自身がしっかりと把握した上で、分かりやすく解説することが指導者の務めなのです。
もちろん、指導者自身が実践できていることが前提となります。
[PR]
by idun-2006 | 2010-06-02 11:29 | りゅう先生

1000万人のカラダ革命  ~身体のしくみを知る⑤~

脱メタボにあいまってか、近頃のジョギングブームでお勤め帰りのサラリーマン達が皇居の周辺を走っているようです。
この流行に便乗して、皇居周辺にはウェアのレンタルショップや、シャワーを浴びられるお店が出店し始めたことで、ますます仕事帰りにひと運動される方が増えたようです。

いい傾向ですね。

ここ東京郊外の近くの公園でも、ご年配を含めて多くの若者もジョギングを楽しんでいますし、池袋のスポーツクラブでも、トレッドミルが満杯になっていて、予約待ちの様子が見られるときがあります。

皆さんが身体を動かす方向へ意識が向かってきたのは喜ばしいことですが、そのフォームに少し目を向けてみると、手放しでは喜べないことが見えてきます。

一般の人たちが走る場合、多くの人たちは膝のバネを使い大腿四頭筋(太腿の前側)をメインに使う、上へ跳ねてしまう走行になっています。
訓練されたスプリンター達の走りは、股関節の伸展運動を行う、殿筋とハムストリングス主体の前へ重心の乗り込みが行われる走運動となっています。

一般人とスプリンターでは、使う筋肉がまったく異なっています。
走るイメージもまるで違ってきます。
こういった相違が日常生活上の様々な動きの中でも生じています。

訓練された武道家であれば、食事のときにも体感は影響されずに腕から先を使いますが、一般の人では、お茶碗を持っただけで全身が茶碗を持った手にとらわれて、全身でその動作に加担してしまいます。
訓練されたダンサーであれば、腕を挙げるときに肩は落ちていきますが、一般の人では肩も同時に挙がってしまいます。
f0031709_1125578.jpg

こうやって比較すると、よく言われること。
「身体を使うプロなんだからできて当たり前。私達は素人だからできなくて当たり前。」
でも、この身体を使っているのは、自分自身です。
だから、だれもが身体の使いのプロなんです。

訓練されたプロ達の身体の使い方を引き合いに出すのは、彼らの動作は人体解剖学上、理に適った身体運動となっているからです。
そうでなければ、彼らはパフォーマンスをつづけられません。
だから、一般の私達も彼らの身体の使い方をおおいに参考にすべきなのです。

普段運動していない方がいきなり運動始めてしまうと、本来使うべき筋肉ではない部位を反射させてしまうことで、関節や特定の筋肉への過度な負担をかけてしまい、故障の原因になってしまうことがあります。

また既に腰痛や肩こり、膝の痛みなどを抱えている方は、事故によるものでない限り、理に適った身体の使い方から逸脱したことが原因を考えて、ほぼ間違いないはずです。
では、日常動作の見直しを図れば、不調は緩和・改善されるはずです。

武道家、ダンサーなどのプロフェッショナルな人たちも、より高度なパフォーマンスを目標とすならば、日常所作からの見直しをはかる必要があります。
[PR]
by idun-2006 | 2010-04-14 10:59 | りゅう先生

1000万人のカラダ革命  ~身体のしくみを知る④~

日常、私たちが行っている動作は、解剖学上の骨格の梃子の作用を主に使っています。
どういうことかというと、関節を支点とした円運動をそれぞれの箇所で行っているということです。

普通の方が歩くときの脚の動きを意識したとき、脚の付け根と認識しているそけい部から前後に振る、そけい部を支点とした振り子の円運動を意識します。
腕の振りも同様に、肩関節を支点に前後の振り子運動をイメージします。
こうした動きは、骨格の大きさという枠の中でしか身体を表現することができません。
実際の骨格よりも手足を長く見せたり、実際の骨格以上に身体を大きく見せたり、柔らかな動きを表現することができません。

ラテンダンスの世界チャンピオン、スラビックと対面したとき、動画で見ていた感覚よりもずっと小さかったのに驚きました。
映像上では身長190センチちかくに見えるのに、松本先生とほぼ変わらないくらい低かったんです。
彼は身体の細部にわたりよく動けていて、ダンスの振りでは、身体の中心から非常に多くの部位を滑らかに、ときに力強く、大きく動くために、実際の寸法よりも大きく見えています。

フィギュアスケートの本田武くんを見たときも、動揺の感覚を得ました。
表現力が乏しかった本田くんが、海外へ出て現在の表現力を身につける過程で、始動支点が身体のより中心へ移行し、そこから滑らかに動かしていく術を身につけたことにより、実際の身体より大きく見せる。 ダンスが大きくなったんですね。

何かのパフォーマンスに精通するならば、日常の生活のままの感覚では進歩がままならないということです。
一般的日常生活上でも、こういった動作意識の変革をはかると、効率よく怪我や故障を起こしにくい身体を維持することができます。
家事を行うだけでシェープアップすることも可能です。


武道の分野でも、一理あるようです。
ここからは、松本先生の原文で。

武道の鍛錬も同様であり、日常の生活動作の延長上の技や威力は、あくまでも筋力の強さに比例するものであり、生活動作の延長上の何者でもなく、こうした動きは、「術」とは言えず、「技」を覚えても、それは真の意味での「技」たるものとは程遠い。

筋力にこだわっている限り、本物の術とか技とはいえないってことは、鍛錬を積み重ねた松本先生だからこそ言えることですね。
現に、病で身体が痩せ細り、健康だったときの筋力からは想像がつかないほど弱った状態でも、突きの威力は以前より勝ってました。
病気を通じて無駄を省き鋭敏な感覚に磨きがかかって、本人が目指していた仙人の領域に片足を突っ込んだか達してしまったのでしょう。
f0031709_11375444.jpg

ただし、普通の人以上の筋力があっての技・術であることは言うまでもありません。
その辺は、勘違いしないように気をつけましょう。
[PR]
by idun-2006 | 2010-03-24 11:37 | りゅう先生

1000万人のカラダ革命  ~身体のしくみを知る③~

身体の各部位の動きには、自然物理に適ったメカニズムが存在しています。
身体の仕組みに合った動きというものがあるのですが、私たちはその動きを日常生活の枠の中に閉じ込めてしまっています。

忙しい現代社会。
時間を有効に使おうと、「ながら動作」に気をとられ、身体のメカニズムを無視した利便性にばかり目を向けるようになってしまいました。

デスクワークとなると、目の前の仕事を効率よく且つミスなく成果を出さなければならない。
気がそれるとミスしてしまうから一点集中となり、なりふり構わず目の前のことに没頭する。
姿勢がどうなっているとか、どの筋肉をどのように使われているかなど、考える余地がなくなってしまいます。

運動もしかり。
短時間で 飽きずに 有効に めいいっぱい身体を動かして、脂肪燃焼、カロリー消費をする。
このハードワークに物足りなさを感じてきたインストラクター達が、機能解剖学を持ち出して具体的な説明をするようになってきました。
ただし、メカニズムに適った指導かどうかは疑問が否めない。

人の動作には、必ず感情が伴っています。
寒いと肩をすぼめて身体を縮めるし、咄嗟に一定の場所を示したければ指を差し出すし、可愛らしい花を愛でれば自然に肩の力が抜けて顔の表情もほころびてきます。

このように身体のメカニズムに適っていない動作は、仕事、感情、日常生活上のあらゆるシーンで生じています。 運動するときだけは別人のような身体の使い方をするなんてこともありません。 
当然、日常の所作が反映されてきます。 マイナスの上澄みになるから怪我をする。

仕事にはその仕事に応じた身体のメカニズムに適った動きがあります。
日常生活の中でも、身体のメカニズムに適った動きがあります。
運動もその競技に適った動きがあります。

身体のメカニズムに適った動作が乱れてきている原因に、便利になった現代生活の様式がおおいにかかわっていると考えます。
親指姫ならず人差し指姫。
なんでも人差し指一本でことが完結してしまう。
テレビのチャンネル、電話番号の入力、洗濯、ご飯を炊いたりお湯を沸かすのも人指し指一本。
移動も便利になりました。歩くより自転車。自転車より車。どんどん短時間に手間要らずの生活になりました。身体を使わなくなったことによってメカニズムに適った動作を無視した、人差し指姫が増えてしまった。

基礎的な身体の操作の仕方のレッスンが必要となっています。
[PR]
by idun-2006 | 2010-03-17 11:35 | りゅう先生

1000万人のカラダ革命  ~身体のしくみを知る②~

たとえば、ラテンダンスの「ルンバ」と「ジャイブ」では、動きはもとよりリズムもメロディーも違うし、もちろん心の中も頭の中も感情も全てが違う。
武道の世界では、道場に入れば黙想し、意念と姿勢をただしてから鍛錬に取り組む。
自分の身体と心と技とをこれから磨くわけであるから、当たり前の話となる。
日常の雑多な意識のままで、生死を分けるぶどうの技の機微は身につかないし、精神は養われない。


茶道の世界でも、同じことが言えます。
何度も繰り返し身についているはずの手前であっても、茶を点てる過程のほんの一瞬でも日常の雑多な意識がよぎった瞬間、粗相をしたり手前の手が止まってしまいます。
茶を点てるという一見単純な行為であっても、何度も繰り返し、自動運動となっている手順であっても、頭の中は「美味しいお茶を点てる」といく意識に集中できていると、作法は小川の水が流れるようにサラサラと進み、誰もが幸せになれるお茶を点てることができます。

身体で表現するダンスの場合も、身体の動きそのものに「人生の悲哀」「喜び」「怒り」など感情の全てを載せて表現する「ダンス」であるならば、これから身につけていく動き、訓練する振りにいかなる思いをのせ、感動していくのかをイメージするのは当たり前のこととなります。
その心があって、初めて動きが生まれてきます。

武道も茶道もダンスも、心を穏やかに保ち 意識を集中させて その道のパフォーマンスを窮めていったとき、自分自身の意識が高まり、見るものも感動させるパフォーマンスとなります。 
[PR]
by idun-2006 | 2010-03-10 10:12 | りゅう先生

1000万人のカラダ革命  ~関節の可動調整④~

この方法による関節へのアプローチを「プレストレッチ」と呼んでいますが、ストレッチの前にどうしても行っておきたい関節構造の正しいあそび調整です。
「このプレストレッチ」を行うようになってから、ベビーウェイトトレーニングを行う際にウォームアップと称してストレッチを15分も20分も行うことはなくなり、肩であれば6方向の動きを10秒づつくらいで準備OKとなります。
ベビーウェイトトレーニングが終わってからはFNR式ストレッチによって筋肉に生じている通常不必要な緊張を抜いています。
また、同じウェイトトレーニングでも「FNRトレーニング」では、トレーニング自体が筋肉の適度な弛緩と反射的出力とを繰り返しますので、通常のストレッチ以上に身体の各部位の動きはスムーズになり、ストレッチを行ったときよりももっとリラクゼーションした身体になり、動きは鎖の縛りが解けたように軽やかに反射運動してくれます。
そしてMILでは、この関節調整の「プレストレッチ」も「FNRトレーニング」の一環として捉え、別称「ショートリフレクション」とも読んでいます。

「プレストレッチ」は筋肉に対するストレッチではなく、関節を包む関節包に対するインパルスを与えることが目的です。
筋肉にストレッチ間が感じられるほどの関節可動はさせにあように注意します。
また、関節の他律的可動で大切なのは、関節に対してのストレスを過剰に与えないということです。
あくまでも「あそび」づくり、開放が目的ですので、関節をリラクセーションさせることに注意を向けたテクニックを用います。

「プレストレッチの」のテクニックは、関節の力学的構造を利用して関節包へと適度なインパルスをあたえていくため、関節調整を行っているつもりが、実は無意識的に関節構造を負のベクトルへと導いてしまっている可能性があるという怖さを念頭におく必要があります。

武道家である松本先生の、「プレストレッチ」に関するコメントをご紹介します。
活法、殺法は表裏一体であり、その技術の理合いをしれば活殺自在に、いかようにでも扱うことのできる(それとは気づかずに殺法に導いてしまうツボを押してしまっていたり、あるいは経絡の流れを止めてしまう握り方、押圧の方向であったりするばあもあります)ものが関節調整法であり、コンディショニングであることの怖さと有益性とが身に染みてよくわかります。
武道の技でも、関節を制御するものには二種類のものがあり、一つはほとんどの人たちが行っている、いためるため、破壊するための技です。これは関節自体を閉じてしまう方向と、意思のエネルギーとは逆向きのベクトルへと力を動かす方法です。 一方、痛め技ではなく、自分の意思に逆らう技でもなく、なんとなく知らないうちにその方向へと関節を動かし、身体全体が崩され、固められ、痛みもないのに動けなくなってしまう、という技も存在します。 これは関節を開放系の動きに乗せて、相手の意思が運ぼうとする重心移動に先乗りするように誘導していけば可能になってくる方法です。
「プレストレッチ」で用いるテクニックは、武道の技で言えば後者に当たるものであり、心地よさの前提のもとに関節の調整を行っていきます。 よって、手技の構造はもちろんのこと、用いる側の心魂、精神の質、構造も非常に重要になってくるのです。
もし、他者の身体の調整をする立場にある人は、どうすれば、どれくらいの力、どれくらいの角度、どのような気持ち、精神で行えば心地よさが湧き、自然と筋肉から脳波までリラクゼーションできていくのかを、この自律式関節調整法によってつかんでみるとよいでしょう。


松本先生から技術指導を受けていた頃、クライアントさんへの身体の扱い方、手の当て方、握り方など、厳しく指導を受けたことを思い出します。
テクニックそのものに気をとられていると、アプローチの入り方が無造作になってしまうことがあります。 そんな一瞬をも見逃さずに指摘されてしまいます。
せっかくあれやこれやと施しても、握り方ひとつでクライアントさんの身体を不調和に導いてしまう可能性がある。
それだけ人の身体を扱うということは、慎重に繊細に対応しなければならないことなのです。

余談ですが、先に説明のあった痛め技ではない関節技は、遊びの一環でよくかけられました。
握手をするように先生と向かい合って手を握った体制で、前後左右に踊らされてしまいます。
抵抗しようすればするほど、意思に反してますます踊らされてしまいます。
抵抗しようと手に力を入れると関節が固まってしまうため、容易に相手の体制を崩すことができます。
それがわかって、あえて手の力を抜くと、今度は手首、肘、肩、あらゆる関節の硬いところを見つけて、結局体制を崩されてしまう。
さらに力を抜いてくたくた状態になると、違う趣旨の技をもって、やはり体制を崩されてしまいます。
悔しいくらい、どうにも抵抗することができなかったのを思い出します。
むろん、そういう時の先生は、ほんの少し勝ち誇ったような表情をみせるんです。
素人相手にしているわけで当然の結果ですが、それでも技がかかるのは面白いんですね。 きっと。


肩関節に対する「プレストレッチ」は、エム・アイ・エルのホームページでも紹介してます。
「肩のバランスストレッチ」
[PR]
by idun-2006 | 2010-02-06 22:17 | りゅう先生

*身体のよりどころ・心のよりどころ* そんな小部屋を覗いてください


by idun-2006
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30