心と身体のよりどころ

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カテゴリ:闘病生活( 69 )

心に花園を ~癌と戦う~

ある日、IT会社を起業した若手の社長が胃癌を患い亡くなるまでの闘病生活を記録したドキュメンタリー番組を見た。

胃癌摘出 → 抗がん剤治療 → 再発

これを繰り返しつつ最新医療を受け続け、癌を克服しようと邁進していた。
癌治療を受けながら仕事も意欲的に続けていた。

「癌に負けない! 癌と闘い続け、必ず勝ってみせる。」

その一言を聞いた時、主人が言った。  「だからダメなんだよ。」

「癌だって自分の細胞の1つ。 自分にとって嫌なものだけを排除して、良いものだけを自分のものにしようという考え方は身勝手でしょ。 そしてこの人は病気になる前と全く同じ生活を続けている。 病気になるにはバランスを乱す原因があったわけだから、バランスを取り戻すことを咥えていかなければならない。 癌だって自分の身体の一部なんだから、憎しみを持ってやっつけるというのではダメなんだよ。 癌は愛おしいわけはないけれど、自分の身体の一部と認めた上で乱れたバランスを取り戻すようにマイナスに傾いている要素をプラスに転じられることをしていかなければならない。 この人はそれができていないから再発を繰り返してしまうんだな。」

そういう彼は、お腹にしこりが触れられる病巣に対して恨んでいる様子もなく、はじめはじっと病と向き合い、克服する術を模索していた。 彼から癌に対する不平・不満・不安などの言葉を聞いたことがなかった。

そういう姿勢を彼は最期まで貫き通せたかというと、残念ながらそうとも言えなかった。
ただし、彼の口からマイナスな言葉が出てきたのは、ほんとに死を目前にして、モルヒネを使用し始める前の想像を絶する痛みに打ちのめされていた時だった。
癌細胞に向けた憎しみというより、止まない激痛に対して向けられた言葉の数々だった。

主人が言っていたことは正しいことなのだと思う。
本当にそういう思いのコントロールができて、マイナスに傾いたバランスをプラスに転じることができたならば、癌細胞は免疫機能によって消滅し、病を克服できるのだろう。
実際に、余命を告げられた後に余生を有意義に過ごしたいと、それまでの生活から一変させて農村で自給自足の生活を過ごされた方が生還した例はいくつもある。
理屈に合っているけれども、そういう切り替えが可能な人は極わずかだと思う。
主人はそれでは駄目だと考え、以前からの生活を続けつつ病を克服する方法を見出そうとしていた。

プラスだのマイナスとか言われても目に見える物ではないし、感情は知らぬ間に湧き出てくるものだから、そういうものをコントロールするのは並大抵なことではない。
それでも、癌に限らず不調を抱いていることを解消させていくには、バランスを整えることをしていかなければならない。
その一つの方法が呼吸法となるのだ。
呼吸法を究めれば、ある程度の感情もコントロールできるようになる。

主人が細胞呼吸を試みたのも、呼吸によってバランスを整えようとする思いからだった。
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by idun-2006 | 2013-03-27 11:00 | 闘病生活

心に花園を ~支え~

主人を看取ったとき、大変多くの方から賞賛する声をいただいた。

 ”あなたは凄い” ”偉かった” ”よくやった”

初めは主人のことをおっしゃっているのかと思っていたが、私のことも褒めてくださっていた。

そんな中、一人の男性の声が耳に留まった。

「俺のかみさん、俺が倒れたら、こんなにやってくれるかな。」

通夜しか参列できない方のために、ささやかな精進落しに変わるものをお出しした席でのことだった。
何気ない一言の中に本音がうかがえる。
私たちの姿とご自分達夫婦の像を重ねてみたのだろう。
私が看病をしていたときの状況からの感想を抱かれたのか、葬儀の様子から想像されたのか定かではないけれど、自分のことで奥様が手厚く対応してくれるのか確信がもてないご様子だった。
でも、私はこの一言にひっかかった。

”逆に奥様が倒れたとき、貴方は「ここまで」と称することをしてあげられるのか。”
”奥様に「ここまで」のことをやってもらいたいと思うくらい、普段から奥様のことを大切にしているのか。”
”奥様と対話する時間はどれだけあるのか。その中で、理解し合えているのか。”

自分の行ないを振り返るよりも先に、人に臨むことが先行したことにひっかかった。

私と主人の生活を振り返ると、私たちは一緒に仕事をしていたこともあって、共に過ごす時間が普通のご夫婦に比べると遥かに長かった。 家にいても外出しても、私たちが時間を共有するのは当たり前のことで、共有する時間の中で私たちが交わす会話は、身体のことであり、身体を取り巻くエネルギーや心の問題など、尽きることなく幅広く対話していた。 意図していたわけではなく、極々自然の流れの中で、気が付けば二人で過し、会話を重ね、その会話の中で相手を理解し、相手の個性を尊重していた。
いつも穏やかな会話ばかりではなく、ときには口論にもなるけれど、多くの会話の中から相手の人生観を把握するからこそ、相手が望むことをしてあげることができる。
私たちは無理をしてこの過程をたどったわけではなく、気が付いたらそういう生活になっていた。
時に彼の小難しい哲学館を聞く羽目になり、頭がパンクしそうになるけれど、それは苦痛とはならず、私にはない彼独特の壮大で繊細な人生観を学ぶ、貴重な時間だった。
互いに相手を思いやる気持ちを忘れないようにしつつ、二人の時間を楽しめていたのだと思う。

主人を失った直後、私は
「最高のパートナーだった。 これほどのパートナーにはもう巡り会えないだろう。」
と瞬間的に思った。

先ほどの男性は、「最高のパートナー」と思ってもらえるだけのことを、奥様に対して行っているのだろうか。
呟いた方を見ていてそうとは思えなかったので引っかかったのだと思う。
順番が逆なのだ。 自分がしてもらいたいのなら、自分がしておかなければならない。
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by idun-2006 | 2013-02-23 07:57 | 闘病生活

心に花園を ~呼吸 vol.6~

~心に花園を~

主人が他界する直前に、最期に打ち出した概念だった。

ある穏やかに晴れた冬の日。
春を思わせるような陽気に気分がよくなった主人は、プレゼントしてもらった沢山の花を愛でたくなり、初めてテラスに立った。

風邪をひいてしまったら命とりになる病状の為、冷気を避けて、身体を冷やさないように気を付けていた主人は、窓越しに花を愛でることはあっても、自ら外に出ることを避けていた。 怖かったのだろう。
 
その日は風もなく、暖かな日差し照らされていたテラスは、春を思わせるような心地よさだった。
十分に温められた昼過ぎに、窓を開けると甘い花の香りが漂っていた。

「ちょっと外へ出てみようかな。」

贈っていただいた花。 私が買ってきた花。 色とりどりの花の一輪ずつに視線を落としていく。
端からゆっくりと花と対話をしていく。

「きれいだね。 ほんとにきれいだね。 ありがたいな。 こんなにたくさん贈ってくれて、ありがたい。 ここに来てくれた人の心が和むよ。 こういう風にしたかったんだ。 U先生が代わりにやってくれたんだね。」
「この花、可愛いな。 こっちの花も健気だね。 この花は珍しいね。」

一通り見渡したとき、
「こうゆう時間、いいもんだね。 夫婦でゆっくりと花を愛でる。 こんなふうに他愛もないことを話しながらのんびりとした時間を二人で過ごすのもいいもんだね。 皆もこんな時間を持たなきゃだめなんだよ。」

元気だったころに、一緒に散歩のついでに梅や桜の花見をしたこともあったけれど、花見をしながらも頭の中で日常のごたごたしたことを考えていたのだろう。
モルヒネを使用し始めて痛みがおさえられると、心が穏やかになっていた。 もう仕事のことも日常の煩わしさも頭から離れていた。 そうなって初めて心の底から二人の時間を楽しむことができたのだろう。

「そろそろ入ろうかな」

部屋に戻り、しばらくすると
「なんだ、わかっちゃったよ。 細胞呼吸はどうしたらいいのか。 簡単なことだった。」

彼のストレス理論の中にもでてくることなのだが、動物も植物にも邪念がない。 彼らは真っ直ぐに成長していく。 大きくなるために太陽に向かって迷うことなく成長を続ける。 その真っ直ぐなエネルギーには嘘偽りがない。 私たち人間も、バランスの調整を図るために自然のエネルギーに触れることは大切なことなのだ。
我が家の小さなテラスにも、色とりどりの小さな自然があった。 花たちは太陽の光をいっぱい浴びて、土から栄養を吸収して、蕾を膨らませて大輪を開いていく。 その太陽に向かっている真っ直ぐなエネルギーに融合すれば、その中で行われる呼吸は細胞呼吸になっているということだった。 

「いつも心の中に花園を描いていれば、呼吸は細胞呼吸になる。」
「心中に花園を持っていなければならない。忘れてはいけない。」
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強靱な肉体を誇示していた彼が、全てをはぎ取られて最期に行き着いた境地だった。
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by idun-2006 | 2013-02-22 13:37 | 闘病生活

心に花園を ~呼吸 vol.5~

私が不眠症に苦しんでいた頃、主人は「養気呼吸法」を打ち出した。
ストレスコントロールに呼吸法が必要不可欠と考えてのことだった。

毎日のウォーキングの締めに、空手の突き、蹴りと呼吸法の練習を実践していた。
主人から教わった通りに行うのは非常に難しい。
指の先まで神経をいきわたらせて、体軸コントロールとそれを支持するための筋力が必要だった。そして身体の内面への意識。

吸気に合わせて足裏から地面のエネルギーを吸収してひざ裏、股関節、背骨の内側、頭の後ろ側を通して顔の前から胸にエネルギーを回す。
呼気に合わせてエネルギーを逆回転させて、最終的に地にエネルギーを戻す。

なんとなく意識できているようでいて、途中で分からなくなることも多い。

雑音が耳に入り、集中力が途切れることもままあるし、風が運んでくる匂いに気持ちがそらされることもある。
身体がキツイときは、動きに合わせて身体を支えることができなくなってぐらついてしまう。 主人に指摘されたポジションがしっかりととれなくなる。

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身体のブレを修正したり体軸の歪みの調整を試みると、体内の意識が薄れてしまう。
体内への意識に目を向けると、形が疎かになる。
地面が平らじゃないとか、風にあおられたとか、言い訳を並べたくなるけれど、それは無意味なことなのだ。

形に捉われたり、エネルギーの移動に気を取られていると、肝心な呼吸が疎かになってしまう。

うまくできない事実から気持ちを切り離し、ひたすら回数を重ねて意識と感覚を重ねていく。
それだけで精一杯で、細胞呼吸に至らせる内面の意識までは程遠かった。

そんなレベルの呼吸法でも、自律神経のバランスが調整されて、不眠症の緩和には役立った。
主人のような重篤な症状を呼吸法によって改善させることの難しさは、計り知れないものがある。
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by idun-2006 | 2013-02-21 10:25 | 闘病生活

心に花園を ~呼吸 vol.4~

病気になって、家にいることが多くなった主人は、自分の身体の調整の為に何かをしている様子がうかがえなかった。

食事が摂取できなくなった身体では、絶対に欠かさなかったウエイトトレーニングもできない。
散歩をしている様子がない。 呼吸法もやっているようには見えない。 家の中で身体を動かしている痕跡がない。
ある日、勇気をもって彼に問いただしてみた。

「ねえ、自分が考える運動法で癌を克服するっていったよね。 私が出かけている間に何かしてるの?」

返事がない。
「約束したよね。 自分の考える方法で治すんでしょ。 あなた自身がやってくれないとさ。」

病気を発してショックなのは主人自身であることは、十分承知している。 だからきついことは言いたくない。 彼自身も焦っているだろう。 気持ちが塞いでしまっておかしくない。 でも、だからといって何もしなければ、いい結果が得られない。 頑張ってほしい。 そのためにできることは、なんでも手伝いたい。

本の執筆という大きな壁が立ちはだかった彼は、なかなか進まない原稿を前にもがき苦しんでもいた。
自分の病気と本の原稿という大きな課題を前にして、潰されそうになっていたのかもしれない。

彼を失ってしまうかもしれない恐怖に耐えられなくなった私は、ある時再び彼に問いただした。

「ねえ、呼吸法、やってないでしょ。 なんでやらないの? 私にはあれだけやらなきゃダメって言ってたじゃない。 そんなんじゃ、病気を治すなんてことできないでしょ。」

「あのね、ここの住まいじゃ、気が通らないの。 窓を開けると直ぐとなりの塀でしょ。 気が流れずに詰まってしまうの。 あのね簡単に言うけれど、本来はもっと自然に接した中で自然のエネルギーと触れあい、とっても繊細なレベルで行うことなんだから。」

それは分かっている。 難しいのも十分承知しているつもりだった。 その不可能なことを可能にしてきたのが主人そのものではないか。 あなただからこそ、その難題に挑戦して克服するのではないのか。 それができるのは貴方しかいない。 しなければ癌は治らない。 死んでしまうかもしれない。 だから、やってほしかった。 

「じゃあさ、公園へいってやればいいじゃない。 私の不眠だってそれで治したようなものでしょ。 小さな自然だって、ここよりましじゃない。」

「あのね、君には分からないと思うけれど、こうみえて結構きついんだよ。 公園までも歩いていけないのさ。 行けたにしても、帰ってくる体力があるか自信がないの。 動けなくなったらどうするの? 貴方じゃ僕を担げないでしょ。」

じゃ、自転車で行けばいい。 実際、そこまで脚が弱っているとも思えなかった。 駅まで歩くことだってあったし、気持ちの問題なのだ。
でも、その難しさは十分承知してもいる。 それ以上強いことは言えなかった。

実際、腹式呼吸を行おうとして、腹圧をかけることで肝臓が圧迫されて破裂するのではないかという恐怖心もあったのかもしれない。
すくなくとも腹圧がかかることで、より腹部の塊を実感していたに違いない。
私は私で彼の傍にいながら、彼を失ってしまうのではないかという恐怖心とずっと向き合っていた。
その恐怖が頭をよぎると、考えたら現実になってしまうのではないかという怖さも加わり、全てを切り離すしかなくなる。
一端現実から目をそらし、彼が元気になって再び一緒に仕事をしている映像に切り替える。 そんな理想的な未来像を頭の中に描くように努力する。 けれども、奥底では否定しきれない恐怖をずっと抱いていた。

彼の不安と私の不安。 共に表にでないように頭の中を切り替えながらも、どこか息が詰まったような日々をおくっていた。

細胞呼吸の答えは、実に思いがけないところで得ることになる。
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by idun-2006 | 2013-02-20 12:03 | 闘病生活

心に花園を ~呼吸 vol.3~

主人が健康だった頃、仕事柄、身体づくりに余念がなかった。
普通にトレーニングを重ねても体質的にしまった筋肉になるために、服を着るとキャシャな身体に見えてしまう。運動指導者としては、がっちりとした身体を維持させたかった。 筋肉を大きく肥大させて、それが萎まないようにプロテインを常時飲用。 トレーニングが効果的にできるように、アミノ酸、リカバリーのためのサプリメントなど、実にさまざまなものを試していた。

薬にしてもサプリメントでも、服用すればリスポンスが早い主人の身体は、思い通りにコントロールできるようにも思えてしまう。
仕事柄、しかたがないところもあるけれど、身体を大きく膨らませたり縮めたりする調整が頻繁になってくると、身体にとって負担にならないわけがない。 身体を休息させる期間も設けていた彼だったが、仕事が忙しくなるとそうも言っていられなくなる。
いつしか自分の身体に対して傲り高ぶっているように私の目には見えていた。

主人が自分の身体を思い通りにコントロールしているようにみえたけれど、サプリメントを用いて楽をして身体を作っていたわけではない。 摂取した栄養が適切に身体に働きかけるように、吐きそうなほど追い込むトレーニングや、柔軟性を維持させるためのワーク、ときには身体をシャープに保つために自分が作っている筋肉からは苦手となる有酸素トレーニングにも積極的に且つ並大抵ではない集中力で取り組んでいた。

そんな主人がもっとも戸惑ったのが、癌に侵されていく身体のコントロールだったのではないだろうか。
彼の頭の中では、過去の事例を元に癌細胞をコントロールするシナリオができていた。
何をすれば癌細胞の増殖を阻止して生還することができるのか、彼の中では既に理論が固まっていた。
唯一そこに欠落していたのは、彼自身をとりまく環境だった。

癌細胞の増殖を阻止し、既に出現している癌細胞を衰退させるために、食事を切り替え、不十分な栄養素と免疫力を高めるために後押しをしてくれる要素を摂取する。 自己免疫力を高めるための運動、呼吸法を実践する。 そうやって自分の身体を再生させるために運動、栄養摂取、呼吸法を適切行う必要があった。 ところが当時彼が置かされていた環境は、身体の為に行わなければならないことを阻止させてしまうような要素がたくさん散りばめられていた。
人間関係、仕事、生活環境、全てが彼の身体の再生のためのエネルギーを奪っていっているようだった。

”彼の持ち前の強靱なエネルギーをそのまま自己細胞の再生に注がれれば、癌も治ってしまうかもしれない。”

手がかりをつかみながらも、そうさせることができない様子をみていて、私自身も歯がゆい思いをし続けていた。私に指摘されなくても、彼自身がよく分かっていたことだったから、私は何も言えず、ただ見守ることしかできなかった。
 
特に仕事に置いては、自分のことよりも彼を求めてきてくれる目の前の人のために、全エネルギーを注いでいた彼の姿勢は変えることができない。 
他人に止められるまでもなく、普通の人ならばとっくにできなくなっていたであろうことも、彼の責任感と空手の鍛錬から鍛え上げられていた精神力が、不可能を可能にさせていた。
それは人間の底力を出現させてくれる素晴らしいことでもあるけれど、こと病気に関しては、これが仇となっているように思えてならない。

”どのみち仕事をするのだろうから、もう少し、手を抜くのではなく、自分の身体を労わる目も持ってほしい。”

傍で見ていた私がずっと思い続けていたことだった。

彼が気付いたとき、肝臓に転移したがん細胞は横隔膜までも圧迫し、息吹のような深い呼吸ができなくなっていた。 
そこで、今まで考えてきたディープブレスやパワーブレスができなくなったのであれば、少ない酸素でも効率よく細胞に届ける、細胞呼吸ができればいいのではないかと、彼は考えたのだろう。
どうすれば細胞呼吸になるのか、私には詳しく語ることがなかったけれど、ずっと頭の中で模索し続けていたのだった。
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by idun-2006 | 2013-02-19 12:03 | 闘病生活

心に花園を ~呼吸 vol.2~

呼吸とは、酸素を取り入れて、二酸化炭素を排出するのだけれど、この呼吸は2種類に分けられる。
外呼吸と内呼吸。

外呼吸は、私たちが日ごろから意識をしている外界とのガス交換。 肺呼吸のことを言う。 肺の中で、酸素を二酸化炭素のガス交換をしている。

もう1つの呼吸に内呼吸がある。 外呼吸で得た酸素が血流にのって全身の各細胞まで運ばれる。 細胞でも酸素と二酸化炭素のガス交換が行われる。 これが内呼吸となる。

癌細胞が増殖を始めた主人の身体は、正常な細胞の増殖を助長しなければならない。 正常な細胞の再生を促すためにも、適切な内呼吸が行われていなければならない。 自律神経のバランスを整えて免疫力をたかめるために呼吸法が最適だと思った彼は、呼吸法の中でも内呼吸を究めようとしていた。

どうすれば内呼吸になるのか。

外呼吸は呼吸筋を使い、肺のふくらみを感じることができるから意識しやすい。 呼吸筋コントロールの感度により、自分の呼吸がどれだけ究められたかが計りやすい。
ところが内呼吸となると、全く分からない。
武道で鍛錬を極めてきた主人は、鍛錬の中から更に感覚を究められると思っていた。
鍛錬を続けていくうちに、内呼吸ができた瞬間に感じることができる、究極の感覚があるはずだ。
そう考えた彼は、なんとか呼吸を究めようともがいていた。
ところが、そんな繊細さを要求する呼吸法を阻むものがある。 
病気が邪魔をして身体の内部感覚に意識を集中できない。
人が発する不穏なエネルギーに容赦なくさらされる。
元気な時なら、それらを跳ねのけて、持ち前の集中力で未開の境地まで達することができていた。

一番歯がゆい思いをしていたのは、主人本人だっただろう。
病気にまでなってしまうということは、”人生、全て自分の思い通りになるものではない” ということの証しなのだ。
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by idun-2006 | 2013-02-17 08:55 | 闘病生活

心に花園を ~呼吸 vo.1~

私たちが毎日何気なくやっている呼吸。
呼吸をしているから私たちは生きている。
呼吸は生きている証し。
なのに、私たちは呼吸をとっても疎かにしている。
自分の呼吸がどういうことになっているのか、意識したことがあるだろうか。
何かに集中しているとき、力を込めているとき、冷たい風にさらされたとき、むせ返るような暑さの中、悲しいとき、楽しいとき、急いでいるとき、怒っているとき、穏やかなとき。
それぞれのシーンで、呼吸は違っているはずなのだ。

呼吸は自律神経のバランスと密接に関係している。
自律神経系は交感神経と副交感神経という相反の役目をなす二つの神経系からなるのは周知のことと思う。
交感神経優位の状態での身体の反応は、心臓の拍動が高まり、呼吸数が増えて、骨格筋に血液が流れ込み、活動を始める準備を整えてくれる。 身体を動かすことに対する優先順位が低い機能は、活動を抑えて行動の判断を正しくするための脳と身体を動かすための骨格筋に血流を集中させる。 これが fight or flight の反応として知られている。
副交感神経優位の状態になると、活動を抑えていた行動に直結しない機能が活性してくる。 消化器系の働きなどがこれに相当する。

交感神経優位状態では心臓が高鳴り、呼吸は早くなり、副交感神経優位状態になると、心臓の拍動は落ち着き、呼吸もゆったりとしたリズムに戻る。
心臓の拍動は意識して変化させることができない。 いわゆる心臓の筋肉である心筋は自主コントロールが効かない不随意筋ということになる。
普段何気なく行っている呼吸は、無意識下での呼吸となり、この時使われる呼吸筋は不随意の働きをしている。 でも、呼吸筋に関しては意識してコントロールすることもできる随意筋の働きも兼ねている。

意識してコントロールできない不随意筋の中で、唯一呼吸筋だけが随意としての働きもできる筋肉なのだ。
これが自律神経のバランスを整えるのに呼吸法が適していると言われている理由。
このへんのことは、自律神経のことを少し紐解いた方なら十分に理解していることと思う。

では、なぜ呼吸法をしてみても自律神経のバランスがなかなか整わないのだろうか。
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by idun-2006 | 2013-02-14 09:00 | 闘病生活

心に花園を ~公園デビュー~

トレーニングは再開させたものの、まだなかなか気持ちが外へ向かわなかった。
主人を亡くして平気でいられるわけがない。 けれども落ち込みたくもなかった。 
まだ何も動き出していない、仕事を含めた身の回りのことを、一つ一つ形にしていかなければならない。
独りでなにもかも決断して進めていかなければならない。
おまけに自分のことだけでも精一杯なのに、主人が清算できていなかった事の後始末もしなければならなかった。
今までもかなりのストレスを抱えてきたのに、一人になってからもさらにストレスとなることが次々と降りかかってくる。

日々押し寄せてくるストレスに潰されず、ひるまずに立ち向かっていくには、週2回のウエイトトレーニングだけでは足りなかった。
私の身体を変えたもう1つのツールとなるウォーキングが必要だった。
不眠症からも救ってくれたアウトサイドエクササイズを身体が要求している。

しかし、このアウトサイドエクササイズはウエイトトレーニングの再開よりも難しかった。
まずコースの選択が難しい。 土地勘のない新しい住まいでは、どこがどうなっているのかが分からない。
相棒でもいれば、未開の地を開拓するような冒険心をもってあるけるのに、独りではまだその気力が湧かない。 街並みを楽しむ余裕がなかった。
探検などの煩わしさを排除するには、近場に公園を見つけることだ。 幸い一駅離れたところに比較的大きな公園がある。
ここへ足を向けるのに半年かかった。 公園は緑が鳥や散歩をしている犬たちに出会うことができる。 色とりどりの花に癒されることもあるだろう。 でも、私にとって公園こそが心の落とし穴だった。

主人が元気だったころ、私たちはよく公園へ散歩に出かけた。 気持ちが塞いでしまいそうな時ほど、家の中に留まらずに公園へ足を向けるようにしていた。 公園には嘘偽りのない、真っ直ぐな生命エネルギーに満ちているから。 心が萎えてしまう私たちに、自然の活力からエネルギーを分けてもらっていた。
馴染みの公園では、主人はベンチで本を読み、私は足を延ばしてひと回りしてくる。 ほどよく汗をかいて戻ってくると、主人がベンチで迎えてくれた。 主人との思い出が詰まった公園とは違うものの、公園のベンチを見ると思い出がフラッシュバックしてくる。 公園には仲睦まじい家族の姿がある。 主人を亡くしたばかりの私には辛い光景だった。 一人になってしまったことを突き付けられるような気持ちになる。
それが分かっていたから公園に行くことができなかった。

半年たって、近所の道路を歩いているだけでは物足りなさを感じていた。 自然との触れ合いが足りないのだ。 私の身体はまだ疲れていた。 いよいよ必要に迫られて、植物のエネルギーを求めて、公園へ立ち入る決意を固めた。

園内に入ると、まず初めにベンチが目に飛び込んできた。 本来だったらあそこに主人が座っているのだろう。
本を手に取り、視線を私に向ける主人の姿が見えてしまう。 胸が苦しくなり、目から暑いものがにじんでくる。 ”ああ、いけない。” 慌てて目をそらした。
すると今度はご夫婦で散歩をしている姿が目に入る。 私だってついこないだまではパートナーがいた。 でも、今は一人。 再び目から暑いものがこみ上げてくる。 慌てて目をそらし、青い空を見上げる。 私がここにいる目的は、身体を癒すこと。 身体を調整すること。 本来の目的を再認識させてウォーキングに集中する。
風を感じ、土の匂いを楽しみ、視線を池の鴨たちに写し、花に目を向ける。

そうやって少しでも意識が目的から外れると、気持ちが落ち込む要素がそこら中に散らばっていた。
意識が途切れないように、集中していなければならない。
身体を癒すためのウォーキングであったけれど、意識のトレーニングでもあった。
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by idun-2006 | 2013-02-13 09:35 | 闘病生活

心に花園を ~トレーニング再開~

人間の身体は、長い間ストレスに曝されると、体内バランスが崩れてくる。
その長い期間というのは、1年を指すのか5年を要するのか、10年、15年の年月が相当するのか、それは人により様々で、またストレスエネルギーの大きさによっても違いがある。

不満に思う事や、負担となることがないからストレス状態にはなかったかというと、それも一概には言えない。
本人はストレスと自覚していなくても、身体は負担になっていたり、本心ではストレスと感じているのに意識でごまかしている場合がある。

私のここ数年は、明らかに極度のストレス状態にあった。 
病気を発する場合、身体が長年にわたりストレスに曝されていて、身体からストレスエネルギーをうまく排除できていない上に更なる大きなストレスが降りかかってきたときに発症するケースが多い。 あるいはさらなる大きなストレスというきっかけがなくても、長期間にわたりストレスエネルギーを蓄積し続けていて、ストレスエネルギーが飽和状態になったときにも、病を発症しやすくなる。

私の身体がどちらに相当するのかは計り知れないものがあるけれど、いずれにしても私の健康状態が気になったし、更に気を配らなければならないという自覚がある。

一年以上、主人の体調の推移に右往左往し、自分のことなどまったく考える余裕のない状態だった。
身体は疲労困憊状態が続いていたけれど、休息をとるなど、止まってしまったら二度と動けなくなる気がしていたし、実際に生活面でもなにもかも留まる余裕がなかった。
癌という強烈なエネルギーに密接してきた私の身体も、バランスを崩してしまうのは容易なこと。
踏ん張ってくれている自分の身体に感謝をしつつ、この身体を維持していかなければ、なにもかも失ってしまうことになる。 特に、主人と培ってきた身体に関するノウハウが消滅してしまう。 自分自身の身体を変えてくれた身体に対する概念を、多くの人に受け継いでいかなければならない。 そのためにも私が倒れるわけにはいかない。

ストレスに対する対処として、一番最初に行うべきことは、身体に蓄積されているストレスエネルギーを排出すること。 それには運動をするしかない。 これらのストレスに対する考え方はエム・アイ・エルの基本概念としてMILスクールの講義の中で時間をかけて説明している。

「私の為の時間」の中で、一番初めに再開したかったのが、ウエイトトレーニングだった。
過去、自分の身体を変えたプログラムの中の1つがウエイトトレーニングだった。
日常生活の中ではありえない重さが身体にかかってくる。 この時に発するエネルギーは爆発的な放出力がある。 既に1年以上、まともなトレーニングをしていなかったが、身体は欲していた。

なるべく通いやすく、自分が考えているトレーニングができる施設を探すことから始まった。
幸いここ府中は、市の総合体育館に充実したトレーニングジムがある。 フリーウエイトがかなり充実していて問題がないが、マシンに関してはかなり工夫をしなければならなかったし、欲しいテンションが得られない部位もあった。

トレーニングは慣れているとはいえ、初めてのジムに女性一人でゴッツイトレーニングマニアのオジサマたちの中へズカズカト入っていくには多少の勇気がいる。
まず、ベンチ台に直行することで、奇異な目で見られる。
シャフトにウエイトが付け加えられる度に、チェックが入る。
そこそこの重量になってくると、私が挙上できなくて潰れてしまったときに備えて、いつでもかけつけられるように構えていてくれた。 力持ちのオジサマたちの優しい一面だった。

毎週、同じ曜日の同じ時間帯にトレーニングにいくと、同じような顔ぶれが揃うようになる。
出くわす頻度が重なってくると、距離も少しずつ縮まってくる。
「それ、どこに効くの?」
「何か競技やってんの?」
パーソナルトレーナーだと明かすと、納得するオジサマたち。

主人が教えてくれたウエイトトレーニング。 場所も機材も拘らず、その時の状況に応じて、創意工夫、臨機応変に対応する。 
主人の面影を追ってしまいそうになりながらも、自分本来の目的を見失わないように、そしてやっと再開できたトレーニングを楽しめるように、意識を集中させていた。
一歩踏み間違えば直ぐに沈んでしまいそうな私だったけれど、トレーニングが気分を変えてくれる。
やはりガツンと重い重量が身体にかかってくると、気持ちが引き締まる。
トレーニングを終えて帰るころには、身体は疲れているものの、ブレていた何かが照準を合わせて気を引き締めてくれる感覚が得られていた。

今でも私が行っているトレーニングは、鍛えるためというよりも、ストレスエネルギーを排出するためであったり、ぼやけてしまう感覚を目覚めさせることを意図するものになっている。
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by idun-2006 | 2013-02-11 09:00 | 闘病生活

*身体のよりどころ・心のよりどころ* そんな小部屋を覗いてください


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