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心と身体のよりどころ

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家族を看取る Vol.4 <ストレス状態>

私が主人と生活を共にするようになり、知ったことがいろいろある。
なかでも一番戸惑ったのは、私と出会う以前に主人は既に様々な問題を抱えていたこと。
私にはどうすることもできない問題。
でも、必ず解決できる日が来ると互いに信じていた。 
信じようと努めていたと言ったほうが敵しているかもしれない。
どちらかがくじけそうになると、叱咤し励ますことで折れそうな心に奮起する勇気を与えあっていた。
何年も続くストレス状態。
普通の人ならば、とっくに諦めて全てを投げ出してしまうような状況が続く中、投げ出すことさえ許されない現状を受け止め、必死に回避する方法を見出そうと歯を食いしばっていた。
苦しい状況を長期にわたって経験してきているからこそ、独特なストレス理論を見出せたのかもしれない。

そんな折、彼にとって新たな問題が降りかかってきた。
それは、「本の原稿を書くこと。」
私には、それが何故彼にとってストレスになるのか理解できなかった。
雑誌社から取材を受けて、特集ページの監修依頼を受けると、たいがい自分で原稿を書いて入稿していた。
彼が納得できる原稿をあげてくる記者が殆どいないのが理由だった。
どの記事を見ても、主人の文章は一部の隙もないほどよく書けていたと思う。
ときに難解な文章もあったけれど、彼の講義同様、いつの間にか彼の世界観に引き込まれてしまう面白さがあった。
原稿のテーマさえ決まれば、一夜で書き上げてしまう。
そしてその原稿は決まって指定されたページ数の倍の文章量に膨れてしまう。
それほどまでに流暢に文章を書ける人なのに、本人の意識は全く違っていた。

「僕は文章を書くのが苦手なんだ。いつも搾り出すように苦労して原稿を書いている。君には分からない苦労をしているんだよ。」

その言葉が信じられなかった。 我侭を言っているとしか思えなかった。

「僕がこういうことを書いてって支持するから、代わりに原稿を書けるように早くなって頂戴。」

それが彼の口癖だった。

彼が自分の思うままを書き記していたブログは、次第に多くのアクセス数を得られるようになっていた。
時にシステムエラーを起こしているのかと思うほどの、膨大なアクセス数となることもあった。

あるとき、DVDの製作とともに本も出版しようという話になった。

「先生のブログは実に面白い。そこそこのアクセス数を得てる人気のブログをブログ集として本にしませんか。」

以後企画が二転三転し、最終的には彼の現時点で考えていること全てを記すことになり、専任のライターがつくことになった。
しかし、彼の壮大な世界観を理解し、それを文章にして万人に分かりやすく、しかも主人のテイストを失わないように面白く書き上げるなど、至難の業。
結局ライターさんがギブアップし、本人が原稿を書くこととなった。

矛先が自分に向いたとき、いまだかつてないプレッシャーが彼を覆いつくした。
頭の中では構想が渦巻いている。
けれど製作に取り掛かれない。

そんな主人をみていて、ある日質問してみた。
「何故それほどまでにプレッシャーを感じてしまうの? 貴方のブログは面白いと思って皆読んでくれてるじゃない。 ブログを書くつもりで書けばいいんじゃない?」

「ブログは記事中で理解できないところがあれば、コメント機能を使って質問してもらえる。それに、コメントを寄せてくれた人が間違った理解をしていたら、返信して修正してあげることができる。でも、本は一方通行なんだよ。 それにどんな人が本を手にしてくれるか分からない。 だから誰もが誤解しないように、細心の注意を払って表現しなければならないんだよ。 今までのように気楽に書けないんだ。」

彼の強い責任感が、必要以上のプレッシャーを与えていたように思う。

原稿を書こうとパソコンに向うが、遅々として進まない。
数百人の人を前に講義しても物怖じしない人が、見えない観衆を前に動揺しているようだった。

彼にとって新種のストレスと向き合いだした折、彼のお腹にしこりが生まれた。
しかし、しこりが発生した原因が“本の原稿を書くこと”だったのかどうかは分からない。
この新種のストレス状態は、彼独特のストレス理論をもってしてもどうすることもできない、主人にとって一番苦手なストレス要因だったのかもしれない。

本の原稿を書くというプレッシャーと戦いつつ、お腹のしこりと向き合う生活が始まった。
by idun-2006 | 2008-05-24 10:55 | 闘病生活

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