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心と身体のよりどころ

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心に花園を ~痛みのコントロール~

この時期になると、主人を自宅で看病していた時のことがフラッシュバックする。

1月は元気だったな。
2月は前半まではよかったのに、体調が崩れ始めると下り坂を転げ落ちるように一気に悪化していったっけ。

冷たい空気の中、風邪をひかせてしまったら即座に命を失うので、室温管理には特に注意をはらっていた。

生還に向けてギアを切り替える。
それがどの段階なのか、気を引き締めながらも穏やかな時を過ごせた1月と打って変わって、2月は過酷な日々をむかえることになる。

強い痛みが頻繁に発するようになると、激痛に耐えきれずに心も身体も張り裂けそうになってしまう。
この頃から訪問看護を受けるようになるが、当初は栄養点滴を受けているだけで、痛みに対する対応は行っていなかった。
週に二回のペースで訪問していただくスケジュールでスタートした訪問看護。
午前中に看護師さんがいらして検温などの体調の確認と点滴を施し帰られる。
針を外すのは私の仕事。

昼夜を問わずに襲ってくる強い痛みに耐える主人。
夜になるとその痛みは際立ってくる。
おそらく自律神経のバランスが副交感神経に傾倒して痛覚がより鋭敏になることが、強い痛みを感じる要因と思われる。
末期がんの激痛など、想像を絶する痛みなのだろう。
もう十分頑張ってきている主人に、”頑張って” などという言葉はとてもかけられない。
背中の介抱も施せる段階はとうに超えている。
医学的にも、この状態でモルヒネを使用しないで過ごしているのは考えられないことだった。

なぜ主人は痛みのコントロールを避けるのか、不思議に思われるだろう。
彼はあくまでも生還に向けて全力を注いでいた。
生きることに執着しているわけではなく、今まで自分が迷惑をかけてしまった人や自分を求めてきてくださる方、自分を頼ってくださる方達の為にも、まだまだ生きなければならない。 自分が死んでしまったら、更に多くの方に迷惑をかけることになってしまう。だから生還しなければならないと考えていた。
鎮痛剤の服用は自律神経のバランスを交感神経優位状態にして、免疫機能を低下させてしまう。
癌細胞の増殖を阻むには、免疫機能を活性させる環境を維持しなければならない。
だから鎮痛剤の服用はできるだけ避けてきた。
モルヒネの使用は更に身体機能を劣化させてしまい、微細なコントロールは無になってしまう。
末期がんでのモルヒネ使用はイコール死という思いがぬぐいきれなかったので、モルヒネ使用は鎮痛剤よりも頑なに拒否をする。

2月のある日のこと、午前中に訪問看護を受けた者の、その日の夕方から再び尋常ではない痛みが主人を襲った。 服用する鎮痛剤では治まらない痛み。 しかも胃はボロボロになっていた。
もがき苦しむ主人を前にして、いくら自律神経のバランスを考えて鎮痛剤やモルヒネの使用を避けても、これだけ激痛に抵抗している状態ではかえって交感神経優位状態になっている。 彼の抵抗は全く無意味に思えた。 自律神経のバランスをコントロールできないのであれば、穏やかに凄れる状態にしてあげたい。
痛みに苦しむ最中でも、私の説得には耳を貸さない主人。 成す術もなく再び訪問看護の担当看護師に相談した。

「もうモルヒネを使うしかないよ。 あなたは彼に何も言わないで良い。 私たちがこれからお宅へ伺って説得するから、そのまま待ってて。」

しばらくするとナンバー2の看護師さんが駆けつけてくれた。

初めて、私以外の人の前でも激痛に耐える姿を顕わにした主人。
看護師さんと私と二人で必死に主人に説得した。
初めは強く拒否していたが、説得している間も絶えず激痛にもだえ苦しんでいる。
激痛が主人の頑なな意志を揺らがせた時、やっと私たちの声が主人に届いた。
モルヒネの使用を承諾したのだった。
これでやっと激痛の苦しみから主人を解放してあげられる。
ホッと胸をなでおろしたものの複雑な心境だった。

モルヒネは少量使用からスタートする。
添付剤と服用剤が2種渡された。
主人の胸に添付剤を貼った瞬間、私の中に衝撃が走った。
自分でも予測していなかった感情だった。
主人を殺してしまうという感情が、彼を痛みから救うという思いを勝ってしまったのだ。
黙って私のされるままに身を預けている主人の胸に添付剤を貼りつけた瞬間、
「ごめんね。あなたはあんなに頑張ってきたのに、これで私があなたを殺してしまうのかもしれない。ごめんね。」
平静を装っていたつもりが、眼から涙が溢れ出てしまった。 安堵の涙ではなかった。
今まで痛みに耐えてコントロールしてきた主人の苦悩を思うと、今まで大切に保ってきたものを一瞬にして私が打ち砕いてしまうようで、涙をこらえることができなかった。

モルヒネの使用を始めた主人は痛みが遠のき、いつもの穏やかさを取り戻していた。
そう、これがいつもの彼だった。 こういう時間を今まで過ごしていたのだった。

「薬ってありがたいね。 あれだけ酷い痛みがなくなるんだもん。 楽になったよ。 ありがたいね。」

そうだ、これで良かったんだと自分に言い聞かせていた。
彼本来の人格を取り戻せたモルヒネ使用の選択は、間違いではなかったんだ。
何度も自分に言い聞かせていても、添付剤を貼る振るえた自分の手を忘れることができなかった。
by idun-2006 | 2013-01-13 09:50 | 闘病生活

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